2軍降格なのに「楽しかった」 元広島4番の“後悔”…また戻った代打稼業「それも人生」|球界群像 西田真二#22
元広島・西田真二氏【写真:山口真司】肉離れで開幕スタメン落ち…9打席連続無安打で2軍落ち
晩年は怪我に泣かされた。元広島外野手の西田真二氏(野球評論家、香川オリーブガイナーズアドバイザー)は代打の切り札としての活躍を経て、赤ヘルの4番打者も務めたが、プロ11年目の1993年からは再び、代打起用がメインになった。前田智徳外野手ら若手の台頭もあったなか、手痛かったのはキャンプで故障して出遅れたことだ。調子が上がらず2軍落ちも経験。「あの時、やるべきことをやっておけば……」と反省の言葉を口にした。
1993年春季キャンプ中に西田氏は故障離脱した。「足を肉離れして……」。これが響いた。開幕スタメン外野陣は左翼にルイス・メディーナ外野手、中堅・前田で右翼がマーティ・ブラウン外野手。他にも町田公二郎外野手らが控えだった。「スタメンでは、もう出られないなという感じだった」。しかも絶不調だった。開幕4戦目の4月14日の横浜戦(横浜)から5月9日の阪神戦(甲子園)までの9打席の代打機会で、無安打1四球と苦しみ、2軍落ちを命じられた。
「(監督の山本)浩二さんに『トラ(西田氏の愛称)! 2軍で鍛えてこい』って言われてね。初めは“クソっ、やってやる”って思いましたよ」と西田氏は話す。「でもね、若い子たちと遠征とかにも行って、何か2軍が楽しかったんですよ。違った視野で見られてね。まぁ、2軍では(三村敏之)監督も(内田順三打撃)コーチも、俺に気を遣ってくれたというか、あるいは“うるさいのが来たな”って嫌だったのかもしれないけどね(笑)」。
2軍では若手の手本になった。「内田さんが2軍の選手に『トラのバッティングをよう見とけよ』って言っていましたからね。おだててくれました(笑)。三村さんもかわいがってくれましたしね」。だが、状態の方は元に戻らなかった。「浩二さんは、また1軍に上げてくれたけど、若手への切り替えの年でもあったしね」。1軍復帰後も出番は代打がメインだった。「それに抵抗がなかったとは言わないけど、もともと俺は本当の4番じゃないし、チームの方針もあったわけだから」。
山本監督が退任→三村政権へ…総合力に秀でた若手が台頭
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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