米国内で極限にまで膨れ上がった「マサヒロ・タナカ」像は果たして虚像か、実像か
黄金の国・ジパングを想起させる米メディアの報道
今から500~600年ほど前の大航海時代。マルコ・ポーロが「黄金の国」と表現した日本(ジパング)は、宮殿も民家も、そして田畑までもが黄金で作られていると、ヨーロッパの人々は信じて疑わなかった。もちろん、根拠はある。当時、日本は世界有数の金産出国だったし、欧州にはない金メッキの技術を持っていた。田を埋め尽くす豊かな稲穂が、遠目から金色に輝いて見えたともいう。だが、一般市民にとって、何ヶ月もの大航海の果てにたどり着く極東の島国は、冒険家たちの記述や報告を基に膨らませた、いわゆる想像の世界でしかなかった。
今年展開された(されている)楽天・田中将大投手を巡る米メディアの報道は、大航海時代の黄金の国ジパングを想起させるものがある。アメリカ側で、田中の実像や素顔を知る人々は、ごく一部。大半の報道が、メジャー球団のGMやスカウトら、田中の投球を実際に見た人物からの報告や印象を伝聞したものだ。さらには、日本シリーズで土がついたものの、今季レギュラーシーズンは24勝0敗、防御率1.27という驚異的な数字。大昔とは違い、映像でプレーをチェックすることができるが、それにも限界はある。この数ヶ月、米メディアがあらゆる情報をかき集めながら構築した「タナカマサヒロ」像は、神の領域にも達しようかという無敵のスーパーヒーローだ。
同じような現象は、2006年オフに松坂大輔(メッツFA)がポスティング制度を利用して、メジャー移籍を目指した時にも起きた。同年に行われた第1回WBCで、日本を優勝へ導き、MVPも受賞。WBCという大会そのもの、そして日本代表の戦力を甘く評価していた米メディアに鮮烈な印象を残したわけだが、大半のメディアやファンが松坂の投球を実際に目撃しながらも、いわゆる「ジャイロボール論争」で全米が沸いた。
松坂の場合、当時代理人だったスコット・ボラス氏が、イメージ増大に一役買った節もある。今オフも、各球団がベテランは短期契約で若手起用を主体とする緊縮財政を施行しようとする中、秋信守(レンジャーズ)の7年1億3000万ドル、エルスバリー(ヤンキース)の7年1億5300万ドルという時代の流れに逆行する長期大型契約をまとめた男だ。メディアを利用しながら世論を盛り上げ、選手の価値を最大限に高めて売り込む手腕を持つ。ジャイロボール論争が巻き起こりながらも、松坂のイメージが一定の実像を含みながら膨らんでいったのは、ボラスによる操作もあっただろう。