イチローのバットには“芯”がない!? 鑑定家・前野重雄さんが明かす王貞治との共通点
王貞治のバット製作者は、イチローのバットを見て言った「これ、芯がないよ」
スポーツグッズ鑑定家の前野重雄さんが、奥深い“お宝”の世界に誘う第2弾。日米通算4367安打など驚異的な記録を残し昨年3月に現役を引退したイチロー氏との、意外な交流を明かす。
イチロー氏が1軍に定着し、いきなりプロ野球記録(当時)のシーズン210安打をマークして大ブレークした1994年の9月。弱冠20歳だったイチロー氏が、月刊誌に連載されていた前野さんのコラムを愛読していた縁で、グリーンスタジアム神戸(現ほっともっとフィールド神戸)で初対面。その後、イチロー氏が東京遠征の際に、お忍びで前野さんのオフィスを訪れたこともある。
イチロー氏が台頭した頃、他球団の数多くの打者が同じ型のバットを欲しがり、メーカーの担当者に要望したという。それさえあれば打ち出の小づちのように、自分も同じくらい打てると考えたわけだ。しかし、「イチローさんのバットは、芯の範囲が非常に狭いのです。よくしなり、芯の部分に当たれば、まるで金属バットのように飛んでいくけれど、ミートするのが極めて難しい。非常に高い技術がないと扱えない代物でした」と前野さんは説明。そして、こんなエピソードを明かす。
「バットの芯の範囲というのは通常、30ミリほど。しかし、張本勲さんが日本ハムから巨人に移籍した時、王貞治さんのバットを借りて、『ワンちゃん、こんなバットで打ってるのか!』と驚いたそうです。王さんのバットの芯は15ミリしかなかったからです。王さんのバットは“圧縮バット”と呼ばれた製法で、後に使用禁止となりましたが、本当は誰が打っても飛んでいくわけではなかったのです。私は、王さんのバットを製作していた石井達弘さん(96年死去)に、イチローさんのバットを見せたことがあります。その時、石井さんはこう言いました。『このバット、芯がないよ』って。イチローさんのバットの芯は5~7ミリ。王さんの半分しかなかったのです」