恐怖でサイン出せぬ捕手「指が動きません」 打たれたら鉄拳制裁「一番殴られていた」|球界群像 小松辰雄#12
選手と選手、監督と選手、監督とコーチ。野球評論家であり、「焼処 旨い物 海鮮山」(名古屋市中区錦3丁目)のオーナーでもある小松辰雄氏は現役時代、星野仙一氏と3つの関係を経験…
恐怖でサイン出せぬ捕手「指が動きません」 打たれたら鉄拳制裁「一番殴られていた」|球界群像 小松辰雄#12
選手と選手、監督と選手、監督とコーチ。野球評論家であり、「焼処 旨い物 海鮮山」(名古屋市中区錦3丁目)のオーナーでもある小松辰雄氏は現役時代、星野仙一氏と3つの関係を経験…
コーチの“軽はずみ発言”に「頭にきた」 プライド汚された中日エースの怒りの矛先|球界群像 小松辰雄#11
最多勝、最優秀防御率、最多奪三振、沢村賞。1985年の中日・小松辰雄投手はセ・リーグの投手タイトルを総なめにした。際立ったのは終盤の白星量産だ。8月27日の巨人戦(ナゴヤ球…
完封でV→銀座で豪遊 “ぶっつけ”の日本Sは5登板 「ええかげん」な40年前のプロ野球|球界群像 小松辰雄#10
昨今はセットアッパーやクローザーが1イニングを超えて投げると“イニングまたぎ”とか“回またぎ”と言われる。先発は中6日が基本で、リリーフも3連投はさせない時代になってきた。…
「今日先発と思うもの手を挙げろ」 優勝かV逸決定か…運命の一戦で出た“仰天指令”|球界群像 小松辰雄#9
野球評論家で、人気の飲食店「焼処 旨い物 海鮮山」(名古屋市中区)のオーナーでもある元中日エースの小松辰雄氏は1982年、胴上げ投手になった。勝てばリーグ優勝が決まる最終戦…
伝説の“宇野ヘディング”で星野仙一はなぜ激怒? 「賭け」に勝った後輩が明かす秘話|球界群像 小松辰雄#8
中日のエースナンバーと言えば「20」だ。杉下茂氏、権藤博氏、星野仙一氏らが背負った。野球評論家の小松辰雄氏も1984年から受け継いだ。前任者の星野氏もその力量、能力を高く買…
許せなかった原辰徳のプロ1号「裸踊りと一緒だ」 肩慣らし登板がもたらした“ブチ切れ”|球界群像 小松辰雄#7
中日での現役時代に先発も抑えも経験した野球評論家の小松辰雄氏は、どちらが良かったか、と聞かれれば「そりゃあ先発」と即答する。「あの頃はその方が断然、楽だもん」。抑え投手が規…
悔しがる王貞治が「酒で荒れたらしい」 世界のHR王が流し打ちに屈した“剛速球”|球界群像 小松辰雄#6
元中日エースで野球評論家の小松辰雄氏は子どもの頃、大の巨人ファンだった。王貞治氏と長嶋茂雄氏のONに憧れて野球を始めた。プロ入りした時、長嶋氏は巨人監督だったが、王氏は現役…
故障申告もコーチは無視「いいから行け」 言われるがまま…今ではあり得ない初登板|球界群像 小松辰雄#5
右肩痛を隠して登板したのではない。右肩痛を首脳陣に申告した上で1軍マウンドに上がったのが、元中日投手の小松辰雄氏だ。1978年10月4日のヤクルト戦(神宮)での出来事で、そ…
先輩投手を見下し「こりゃ勝ったな」 余裕で度肝抜いた豪速球…有頂天が招いた“悲劇”|球界群像 小松辰雄#4
野球評論家で、人気の飲食店「焼処 旨い物 海鮮山」(名古屋市中区錦3丁目)のオーナーでもある小松辰雄氏は、1977年のドラフト2位で石川・星稜高から中日に入団した。「神様、…
2位指名にブチ切れ「もう来ないでください」 入団拒否の大投手落とした“猛口説き”|球界群像 小松辰雄#3
1977年11月22日のプロ野球ドラフト会議で、石川・星稜高の小松辰雄投手は中日から2位指名されたが、憤慨しきりだった。1位ではなかったのが気に入らなかった。その夜、スカウ…
ブルペンに来ない捕手、サイン見えずに動揺…“甲子園の女神”に見放された大投手の不運|球界群像 小松辰雄#2
中日のエースだった小松辰雄氏は石川・星稜高校時代、甲子園大会に春夏通算3度出場した。1976年の2年夏はベスト4まで進出し、剛速球とパワフルな打撃の投打で注目を集めた。石川…
「警察が車の違反を測るヤツを…」 スピードガン導入の契機、衝撃の“幻の160キロ”|球界群像 小松辰雄#1
今では当たり前のように存在する、球速を測るスピードガン。ロッテ・佐々木朗希投手らの剛速球のレベルもそこで出た数字がひとつの指針になっているが、昔はそんなものなどなかった。ひ…
元阪神守護神は「選手を見る目の失敗例」 予想できなかった覚醒…鷹の編成が認めた“負け”|球界群像 藤田学#9
ロベルト・スアレス投手は2020、2021年シーズンに阪神の絶対的守護神として君臨した。2016~2019年まではソフトバンクに在籍していたが、評価は決して高くなかった。元…
選手獲得の裏に…高度な“騙し合い” 「言葉ひとつで駄目に」編成担当の仕事の極意|球界群像 藤田学#8
現役時代にパ・リーグ新人王に輝いた元南海右腕の藤田学氏は、1軍投手コーチなど指導者として経験を経て、2009年からはソフトバンクでスカウト、その後、編成担当を長く務めた。よ…
韓国左腕がまさかの“タイトル辞退” 投手コーチも仰天、登板拒否の裏にあった思いやり|球界群像 藤田学#7
元南海投手で通算72勝をマークした藤田学氏は1986年の現役引退後、指導者の道に進んだ。そんなコーチ時代にも、いろいろな人たちとの思い出がある。例えば王貞治監督率いるダイエ…
他球団エースの親切心を“無視” 過信が生んだプロ人生の転落…いまでも残る後悔|球界群像 藤田学#6
怪我が野球人生を暗転させた。元南海投手の藤田学氏にとってプロ6年目の1979年は試練の年になった。開幕投手を務めながら、その試合中に内転筋を痛めて、まさかのリタイアだ。しか…
狂った野球人生「調子に乗っていた」 掛布雅之を追いかけ“天狗”に…招いた大失速|球界群像 藤田学#5
永遠のライバルというか、宿命のライバルというか……。元南海投手の藤田学氏にとって、元阪神の掛布雅之氏はまさにそんな対象の人物だった。理由は単純明快だ。生年月日が「1955年…
マウンドでもん絶も…「サイン、何やった?」 ミスに非情なノムさんの“鬼の形相”|球界群像 藤田学#4
元南海投手・藤田学氏のプロ人生で欠かせない存在が、入団時からプロ4年目までの監督兼捕手だった野村克也氏だ。3年目の1976年に11勝3敗、防御率1.98でパ・リーグ新人王に…
シーズン記録の16勝も“2軍漬け” 「なんで俺じゃない…」ノムさんから無視の無念|球界群像 藤田学#3
勝っても勝っても……。元南海投手の藤田学氏はウエスタン・リーグのシーズン最多勝記録を持っている。プロ2年目の1975年に10連勝を含む16勝をマークした。だが、その年に1軍…
ノムさんから「何しとるんだ!」 “鈍感”なドラ1がクビを覚悟した指揮官のカミナリ|球界群像 藤田学#2
元南海投手の藤田学氏は、1973年のドラフト1位でプロ入りした。南宇和高(愛媛)時代に甲子園出場こそなかったものの、注目の右腕だった。球速よりも制球力。腕が遅れて出てきて、…
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