中日最強の“落合・森コンビ”支えたコーチ 最初は「怒られてばかり」も…起きた変化|球界群像 近藤真市#10
2004年から2011年まで中日の監督を落合博満氏が務めた。現役時代に本塁打王、打点王、首位打者の3冠王に3度も輝いた打撃の達人は、監督としても4度のリーグ優勝を成し遂げ、…
中日最強の“落合・森コンビ”支えたコーチ 最初は「怒られてばかり」も…起きた変化|球界群像 近藤真市#10
2004年から2011年まで中日の監督を落合博満氏が務めた。現役時代に本塁打王、打点王、首位打者の3冠王に3度も輝いた打撃の達人は、監督としても4度のリーグ優勝を成し遂げ、…
「獲れるまで帰って来るな!」 巨人入りもあった左腕大争奪戦…闘将に応えたスカウト|球界群像 近藤真市#9
1994年シーズン限りで中日・近藤真市投手(岐阜聖徳学園大学硬式野球部監督)は引退した。怪我に泣いた。プロ1年目に巨人相手に初登板ノーヒットノーランを達成した左腕はわずか8…
クビ通告なく“生殺し” 振り回された最終年…決意の登板も同僚にボコボコで「ごめんな」|球界群像 近藤真市#8
プロ5年目以降はマウンドでの記憶がほとんどないという。日本中を驚かせた1軍公式戦ノーヒット・ノーランデビュー(1987年8月9日、巨人戦=ナゴヤ球場)をやってのけた元中日投…
「訴えれば億の金が取れる」治療中の悲劇も… 割り切るしかなかった恩師との“縁”|球界群像 近藤真市#7
1軍デビュー戦でノーヒットノーランの離れ業を演じた元中日投手の近藤真市氏(岐阜聖徳学園大学硬式野球部監督)はプロ2年目、1988年の夏に左肩を痛めた。そのシーズンは痛み止め…
全力で投げても本塁届かず… 「何の思い入れもない」背番号変更で狂ったドラ1の“運命”|球界群像 近藤真市#6
背番号「13」は元中日投手の近藤真市氏にとって栄光のナンバーだった。1987年8月9日の巨人戦(ナゴヤ球場)で日本プロ野球史上初の快挙、1軍公式戦初登板ノーヒットノーランを…
ライバルと「乱闘寸前」、態度が「偉そう」 快挙左腕が明かす“ヤンチャ伝説”の真相|球界群像 近藤真市#5
1986年のドラフト会議で近藤真市氏(岐阜聖徳学園大学硬式野球部監督)は中日から1位指名を受けて享栄高から入団した。高校時代から全国に名前を轟かせ、ドラフトでは1位で5球団…
中日以外は「絶対入団拒否だった」 4球団が強行指名も…心決めていた社会人入り|球界群像 近藤真市#4
あの時、中日・星野仙一監督がクジを引き当てていなかったら……。ルーキーイヤーの1987年に1軍公式戦初登板ノーヒットノーランを達成した元中日投手の近藤真市氏(岐阜聖徳学園大…
史上唯一の大記録も「あの日だけ」 “一晩限り”で失った理想形「野球人生は終わり」|球界群像 近藤真市#3
一生で1試合だけできた投球フォームがある。元中日投手で、岐阜聖徳学園大学で硬式野球部監督を務める近藤真市氏はそれを追い続けたが、結局2度目はなかったという。1987年8月9…
持ち球を“虚偽申告”「とりあえず挟んじゃえ」 ノーノーの裏でドキドキのサイン交換|球界群像 近藤真市#2
岐阜聖徳学園大学硬式野球部で監督を務める近藤真市氏は中日1年目の1987年8月9日、巨人戦(ナゴヤ球場)で日本プロ野球史上初の1軍公式戦初登板でノーヒットノーランを成し遂げ…
「間違いなく毎回言われた」 18歳で“初登板ノーノー”…大快挙の裏に先輩からの煽り|球界群像 近藤真市#1
満月の夜に生まれた大快挙だった。1軍公式戦初登板でノーヒットノーランを達成。長いNPBの歴史の中で、この偉業を成し遂げたのは、たった1人しかいない。1987年8月9日、ナゴ…
時代に「合わせていくしかない」 使えなくなった“広島弁”…寮長が悩んだ言葉遣い|球界群像 道原裕幸#10
広島の大野寮(廿日市市)で寮長を務める道原裕幸氏は現役時代、1975年の広島初優勝に貢献するなど捕手として活躍した。1984年限りで現役引退してからはバッテリーコーチも務め…
広島市民から「連絡入るよ」…求めるプロの品格 寮の“乱れ”一掃したドラ1の行動|球界群像 道原裕幸#9
広島には1軍の大州寮(広島市南区)と2軍の大野寮(廿日市市)がある。ルーキーは最初、全員が大野寮に入るが、1軍入りとなれば大州寮へ引っ越していく。大野寮の寮長・道原裕幸氏は…
ルーキーから際立つ存在だった丸佳浩 「相撲取りみたい」寮長が仰天した2つの才能|球界群像 道原裕幸#8
巨人・丸佳浩外野手は2007年高校生ドラフト3巡目で千葉経大付から広島入り。2016、2017、2018年の広島3連覇に大きく貢献した。2018年オフに国内FA権を行使して…
不満ぶちまけたった15試合で監督辞任も…キャンプ前にスタメン確約「人生変わった」|球界群像 道原裕幸#7
人との出会いで人生が変わることがある。元広島捕手で現在は広島大野寮(廿日市市)の寮長を務める道原裕幸氏にとって、元広島監督のジョー・ルーツ氏がそうだった。それは監督と選手の…
門限破りの“常習”だった鈴木誠也 懇願した寮長「見えるところでやってほしい」|球界群像 道原裕幸#6
カブス2年目を迎える鈴木誠也外野手は、広島若手時代に打力アップのために努力を積み重ねたひとりだ。広島の2軍大野寮(廿日市市)の寮長・道原裕幸氏は「入った時は足は速い、肩は強…
不安だった黒田博樹氏のプロ初登板 「ずっと頭にある」未来開いた“重要な1球”|球界群像 道原裕幸#5
日米通算203勝を挙げたレジェンド右腕、黒田博樹氏は1996年ドラフト2位で広島に入団した。日本を代表する投手となり、世界へと羽ばたいて成功を収め、最後は古巣でプレーという…
試合では使えぬ「グチャグチャ」の帽子 「これを被れ」背筋凍った“鉄人”の驚愕努力|球界群像 道原裕幸#4
元阪神監督の金本知憲氏は、1991年ドラフト4位で東北福祉大から広島に入団した。当初は体の線も細かったが、プロ入り後の努力でパワーもつけて長距離砲に成長した。打撃も守備も走…
幽霊騒ぎでお祓い、門限破りで“せめぎ合い” 寮長が明かすプロ野球選手の寮生活|球界群像 道原裕幸#3
広島の大野寮(廿日市市)で寮長を務める道原裕幸氏は捕手として優勝に貢献するなど活躍し、1984年に現役を引退した。1986年からは1軍バッテリーコーチ補佐兼三篠寮(広島市西…
屋上で寝た名投手、夜な夜な“放水”も 珍事頻発…壮絶だったプロ野球の寮生活|球界群像 道原裕幸#2
2011年に解体されたが、かつて広島市西区に広島の三篠寮(三省寮)と三篠練習場があった。現在、大野寮(廿日市市)の寮長を務める道原裕幸氏も1971年ドラフト1位で入団した当…
練習場に“定住”、海外旅行でも素振り… バントもできなかった選手の大出世|球界群像 道原裕幸#1
広島で長年にわたって、選手たちの“父親役”を務めているのが大野寮(広島・廿日市市)の道原裕幸寮長だ。芝浦工大から1971年ドラフト1位で入団した捕手で、1975年の広島初優…
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