睡眠導入剤を服用、体重は8キロ減 孤独に輪をかけたコロナ禍…壮絶な3年間の監督生活|球界群像 佐々岡真司#14
子どもの頃から広島ファン、夢がかなってカープの一員となり、大黒柱として活躍し、指揮官も務めた。前広島監督で野球評論家の佐々岡真司氏は赤ヘル一筋の野球人生を突っ走ってきた。「…
睡眠導入剤を服用、体重は8キロ減 孤独に輪をかけたコロナ禍…壮絶な3年間の監督生活|球界群像 佐々岡真司#14
子どもの頃から広島ファン、夢がかなってカープの一員となり、大黒柱として活躍し、指揮官も務めた。前広島監督で野球評論家の佐々岡真司氏は赤ヘル一筋の野球人生を突っ走ってきた。「…
佐々木朗希よりも欲しかった“ドラ1” ビデオ見て即決…新人王導いた新米監督の慧眼|球界群像 佐々岡真司#13
元広島投手で野球評論家の佐々岡真司氏は2020年から昨年までの3年間、広島を指揮した。5位、4位、5位と厳しい結果に終わったが、全身全霊を込めて取り組んだ。「もっとこうすれ…
「なんで打つんだ…」球場が“変な雰囲気”に 引退試合でエースが望んだ真剣勝負|球界群像 佐々岡真司#12
先発も、抑えも、中継ぎも、何でも来いの“スーパーピッチャー”はプロ通算5ホールド目をマークして現役生活を終えた。前広島監督で野球評論家の佐々岡真司氏は2007年10月7日(…
妻が毎朝“トイレに貼り出し” メンタル変貌…「本人の前では言えない」献身への感謝|球界群像 佐々岡真司#11
広島の自宅では毎日、トイレで再確認した。紙が貼ってあった。それはメンタルトレーニングの一環だった。前広島監督で野球評論家の佐々岡真司氏はプロ10年目の1999年に15勝をマ…
「歩けない状態」から僅か8日後にノーノー達成 大記録の裏にあった忘れられぬ体験|球界群像 佐々岡真司#10
前広島監督で野球評論家の佐々岡真司氏の現役時代は1990年から2007年までの18年間。プロ入り当初から先発、抑えにフル回転しながら大きな怪我をすることなく走り抜けた。そん…
平成の世にもいた“追いロジン”右腕 打者もクレームつけた「消える魔球」伝説|球界群像 佐々岡真司#9
野球漫画「巨人の星」の主人公・星飛雄馬は大リーグボール1号、2号、3号を武器にした。2号は「消える魔球」。投じたボールが土煙とともに一瞬消えるという設定だったが、元広島投手…
ボンズが「1メートル前を振った」 衝撃の三振斬り…メジャーの目に留まった宝刀|球界群像 佐々岡真司#8
1996年のオールスターゲームは東京ドームでの第2戦(7月21日)で、全パ・仰木彬監督が打者・松井秀喜外野手の時にイチロー外野手をリリーフ投手としてマウンドに送り、これに憤…
パンチ食らって鼻血も…まさかの「投げるやろ」 大乱闘直後、監督からの衝撃指令|球界群像 佐々岡真司#7
血だらけになったユニホームを着替えてから、再びマウンドに上がった。体は万全であるわけがない。緊張と集中力でカバーして投げ続けた。そんな壮絶な経験したのが前広島監督で野球評論…
清原から痛恨一撃「フルボッコにされた」 散々な一日…忘れぬ“悲しみのパチンコ”|球界群像 佐々岡真司#6
清原和博氏と桑田真澄氏。PL学園時代、KKコンビと呼ばれた2人の甲子園での活躍は強烈だった。前広島監督で野球評論家の佐々岡真司氏は、その2人と同学年。「僕からしたら、雲の上…
“片目見えず”も大一番で好投 「手が震えて…」登板直前にまさかのアクシデント|球界群像 佐々岡真司#5
広島の“コンタクト事件”といえば、達川光男捕手を思い浮かべる人は多いだろう。1990年8月28日の中日対広島(ナゴヤ球場)。試合中のグラウンドにコンタクトレンズを落としてし…
拒絶許されぬ絶対命令「『はい』しかない」 振り回され続けたルーキーイヤー|球界群像 佐々岡真司#4
スーパールーキーの登場だった。元広島投手の佐々岡真司氏は1年目から大活躍した。1990年4月12日の大洋戦(横浜)で初先発、初完投勝利の鮮烈デビュー。シーズン途中からは先発…
突然の日本代表入りに「えーってなった」 急成長で抜擢も…野茂らのレベルに自信喪失|球界群像 佐々岡真司#3
前広島監督で野球評論家の佐々岡真司氏は1989年のドラフト会議で広島に1位指名され、NTT中国から入団した。新日鉄堺・野茂英雄投手に8球団が競合した中、単独入札での指名だっ…
最優先は地元で母に親孝行 高卒指名の可能性も…スカウトが手を引いた魅力的な就職先|球界群像 佐々岡真司#2
母一人、子一人。母はいつも息子のことを心配し、息子もまた母親のことを真っ先に気遣った。前広島監督の佐々岡真司氏は母・江美子さんの女手一つで育てられた。周囲への感謝の心を忘れ…
高3夏に「もう野球やめる」 先発100勝&100セーブ、後の大エースが歩いた“回り道”|球界群像 佐々岡真司#1
赤ヘルの大黒柱が1勝するたびに鯉のぼりが上がった。1991年は17匹も泳いでいた。島根県那賀郡金城町(現・浜田市)。「ウチの家が民宿で隣が鍼灸院。その先生がそこの駐車場に上…
曲げない“オレ流”に直訴「これでは無理です」 最初で最後の落合監督との電話|球界群像 高代延博#12
今年から大阪経済大学の硬式野球部監督を務める高代延博氏は、2004年から2008年まで中日コーチを務めた。指揮官はそのシーズンに就任した落合博満氏。沖縄・北谷キャンプ初日に…
「酒でも飲みながら」 福留孝介の悩みを聞くはずが…潰されて「おんぶしてもらった」|球界群像 高代延博#11
元メジャーリーガーで強打、好守の外野手として中日、阪神などでも活躍した福留孝介氏はプロ入り当時はショートだった。決して上手ではなく、当時、中日の1軍内野守備走塁コーチだった…
大投手と意見が“対立”…ほくそ笑む指揮官「やっとったのう」 実感したコーチの役割|球界群像 高代延博#10
元日本ハム、広島内野手の高代延博氏はコーチ時代に多くの監督に仕えた。山本浩二氏、三村敏之氏、大島康徳氏、山本功児氏、落合博満氏……。1999年から2001年までは星野仙一監…
忘れられぬ教え子の死「ショックだった…」 コーチ就任を決断させた電話でのやりとり|球界群像 高代延博#9
広島を皮切りに、中日、日本ハム、ロッテ、侍ジャパン、韓国プロ野球のハンファ、オリックス、阪神でコーチを務めた高代延博氏には教え子も数多い。元広島、阪神の金本知憲氏が「広島時…
楽天監督になるはずも…「背中が痛い、無理やわ」突然の訃報 忘れられない恩人との日々|球界群像 高代延博#8
元広島監督の三村敏之さんは2009年11月3日に心不全のため亡くなった。当時は楽天のチーム統括本部編成部部長。61歳だった。広島、中日などでコーチを務めた高代延博氏にとって…
トイレで密かに朝食…周囲にバレたら絶望 辞任を許されぬコーチの壮絶な日々|球界群像 高代延博#7
“日本一の三塁ベースコーチ”と称される高代延博氏は1978年ドラフト会議で日本ハムに1位指名され、東芝から入団した。1年目にショートのレギュラーを獲得し、ダイヤモンドグラブ…
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