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ドラフト1時間後に“クビ”宣告 楽天は「命の恩人」、ドラ9左腕が感謝の初登板

バット引き、ビデオ係…引退覚悟した社会人時代、才能を見出した楽天スカウト

 薄々覚悟はしていた。でも「マジかよ」と思った。吉報から、わずか1時間後に明かされた投手の“クビ”宣告だった。

 もがき抜いた社会人生活だった。早大3年春に東大戦で東京六大学史上3人目の完全試合を達成。しかし、卒業後に進んだJX-ENEOSでは調子を落とし、社会人野球の名門の壁にぶち当たった。最高峰の都市対抗では1年目はバット引き。2年目に至っては予選でベンチ入りすらできず、ネット裏からデータ用のビデオカメラを回すだけ。チームも敗れ、本戦に出場できなかった。

「このままだったら、もう今年で“上がり”だろうな」。入れ替わりの激しい強豪、本気で引退を覚悟した。活路を求めたのは昨年、夏前のサイドスロー転向だった。「骨を埋めるつもりでやる」。プロでは希少な左の横手なら生きる道もある――。そう信じて、肘の位置を下げた。密かな挑戦の裏で、人知れず熱視線を注いでいたのが、楽天・後関スカウトだった。

 与えられた実戦の場は、オープン戦や小さな大会がほとんど。敗戦処理を託されていた時期もある。それでも、24歳の才能に可能性を見いだし、視察に足を運んだ。「プロに行けるなら何位でもいい」。社会人選手の、そして名門のJX-ENEOSとしては異例ともいえる“縛りなし”という本人の心意気をチームを通して伝え聞き、サイド転向からわずか3か月の左腕を9位指名に踏み切った。

 高梨は当時を振り返った。

「不確定要素しかない自分を拾ってくれて、社会人でクビになるところだった自分をプロに導いていただいた。もし、このまま社会人に残って引退して、会社員として生きて行っても、40歳、50歳になった時、きっと後悔すると思った。だから、9位であっても、チャンスを頂いた時に『行かない』という理由はなかったし、少しも迷いはなかった。小さい頃から夢だったプロへの道を作っていただいたのは、球団と後関さん。本当に感謝しています」

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