【3割打者を考える(3)】「3割打者は優秀」は人為的に維持されてきた?

日本では戦中にリーグ打率が2割を切る投高打低に

 付け加えるならば、日本にもリーグが投打のバランスが崩れた時代がある。それは戦中だ。

 戦争が始まり、グラブやバットは劣悪となり、ボールも粗悪になった。しかし物資が不足したためにバランスを元に戻すことはできなかった。1942年のリーグ打率は.197にまで低下。3割打者は姿を消し、首位打者は.286の呉波(巨人)が獲得。リーグのBABIPも.213まで下がっている。

 BABIPやリーグ打率は、野球の投打のバランスを常に好ましい状態に保っておきたいというリーグ管理者の手によって、一定に維持されてきたというのが、グールドの考察だ。ともすれば、「3割打者」は、野球を「あるべき姿」に維持しようと考えるリーグと球界の意思によって、その地位を保ってきたとも捉えられるのではないだろうか。

(広尾晃 / Koh Hiroo)

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