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巨人史を”変えた”ドラフト 好打者・篠塚和典氏が振り返る1位指名の“真実“

読売巨人軍の長い歴史を語る上で、欠かすことの出来ない人物だろう。篠塚和典氏(1992年途中までの登録名は篠塚利夫)。現役時代には類まれな野球センスで活躍し、高い打撃技術で安打を量産。通算1696安打と名球会入りはならなかったにもかかわらず、史上屈指の巧打者として、その名前はファンの脳裏に深く刻まれている。

過渡期を迎えた巨人「俺たちで大丈夫なのかな」

 篠塚氏が入団した1976年は、巨人の過渡期。1965年から1973年までV9を達成した直後で、1974年に長嶋氏が引退して監督に就任するなど、黄金期メンバーからの世代交代が始まっていた。当時のチームの雰囲気を、篠塚氏はこう振り返る。

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「ミスターがいなくなって、その後に王(貞治)さんが高田(繁)さん、柴田(勲)さんとかいたから、まだよかったんですけど、王さんが(1980年に)引退したときというのは『この後、ジャイアンツ大丈夫なのかな』『俺たちで大丈夫なのかな』となりましたよ。V9というのはやっぱり恐ろしい成績ですよね。脇役もしっかりした人たちがいたからできたこと。その後にも、王さん、長嶋さんのような選手が一人でもいればよかったのですが…」

 ただ、1980年代の巨人も個性豊かな選手が揃い、球界の盟主として強さを維持した。

「でも、私たちのときは満遍なく選手がいたというのもあると思います。飛び抜けて凄い選手がいたというわけではなく、首位打者を争う選手、ホームラン王を争う選手、盗塁を争う選手。タイトルを取れる選手がいたので、固まっていたというか、チームになった。個々の役割をみんなしっかり分かってやっていたような感じがします」

 その中で、天才的なバッティングと華麗な守備を武器に異彩を放っていたのが、篠塚氏だった。プロ野球選手として、そして読売巨人軍の選手として、確固たる地位を築く原動力となったのは、ドラフトで周囲の反対を押し切ってまで自身を1位指名してくれた長嶋監督への強い恩義だったという。(後編に続く)

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