MLBが導入する「ピッチスマート」とは? 球数制限の背景と米球界が抱える問題
アメリカでは無縁だった登板過多問題 しかし取り巻く環境の変化で問題に
しかし、近年、少年野球を取り巻く環境は大きく変化しつつある。MLB選手の契約の大型化によって、優れた才能を持つ野球少年を発掘し、MLBに売り込むことがビッグビジネスになったのだ。アメリカ各地の有望な選手を見つけるブローカー、スカウトが出現。速い球を投げられるなど能力の高い野球少年は彼らと契約するようになった。そしてMLBスカウトに高い能力を見せるために、無理をするようになった。
有望な野球少年をスカウトに披露するための「トーナメント」が毎週のように開催され、そのためだけのチームが結成されるようになった。こういうチームは「トラベル野球チーム」と呼ばれ、名前の通り、全国の野球大会を回るようになった。主としてトーナメントで行われるこれらの大会の中には、球数制限のないものもある。こうした少年野球の大会は、温暖な地を中心に一年中行われるようになり、シーズンスポーツだったアメリカの野球は、大きく変貌したのだ。また、有望な野球少年を動画で紹介する「パーフェクトゲーム」などの専門サイトも生まれた。
2017年に発刊された「THE ARM(豪腕)」(ジェフ・パッサン著)には「トラベル野球チーム」に参加し、スカウトの前でパフォーマンスを披露した挙句に、トミー・ジョン手術を受ける少年が紹介されている。MLBで活躍するトップ選手の中にも、こうした新しい少年野球のシステムの出身者が多くなっているが、その一方で10代でトミー・ジョン手術を受ける子供が急増。社会の批判を浴びるようにもなっていた。こうした新しい少年野球は、リトルリーグやポニーリーグなど、従来の少年野球リーグに所属していないことが多いため、野放しになっていた。
MLBは過熱する少年野球の現状に危機感を抱き、すべての少年野球の団体、大会が守るべき投球制限、登板間隔の基準である「ピッチスマート」を発表した。アメリカではプロ野球とアマチュア野球の障壁は小さく、MLBがアメリカの野球界を指導する立場でもあった。「ピッチスマート」は、アメリカの少年野球にも問題が存在することを物語っている。しかし、アメリカの野球界は、その問題を放置することなく、迅速に対応したのだ。
(広尾晃 / Koh Hiroo)