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野村克也氏と王貞治氏が彩った1973年の野球史 通算本塁打王の座を巡る熾烈な争い

1973年の春、南海ホークスの野村克也氏は監督としても、選手としてもさまざまな目標、課題を抱えていた。この年からパ・リーグは前後期の2シーズン制になった。戦力的には阪急ブレーブスに劣る南海ホークスだが、野村氏は短期決戦であればもてる戦力を結集して優勝も可能と見られていた。

南海・ヤクルト・阪神・楽天の4球団で監督を務めた野村克也氏(左から2人目)【写真:荒川祐史】
南海・ヤクルト・阪神・楽天の4球団で監督を務めた野村克也氏(左から2人目)【写真:荒川祐史】

1973年に野村氏は監督としても選手としても輝かしいシーズンを過ごした

 1973年の春、南海ホークスの野村克也氏は監督としても、選手としてもさまざまな目標、課題を抱えていた。この年からパ・リーグは前後期の2シーズン制になった。戦力的には阪急ブレーブスに劣る南海ホークスだが、野村氏は短期決戦であればもてる戦力を結集して優勝も可能と見られていた。

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 選手としての野村氏は、通算安打記録では巨人の川上哲治氏が持つ2351安打のNPB記録に、あと79本に迫っていた。これは同年中には抜けそうだった。ただし、野村氏の同級生の巨人、長嶋茂雄氏もあと118本となっていた。どちらが先に川上氏の記録を抜いて史上1位になるかが注目された。

 さらに、通算本塁打記録は、1965年9月13日に野村が山内一弘氏(当時阪神)から王座を奪ってから足掛け8シーズン、その座をキープしてきたが、シーズン前の時点で野村の通算551本塁打に対して、巨人の王貞治氏が通算534本塁打で17本差を追いかけていた。

 シーズン開幕、南海ホークスは4月は6勝5敗1分ともたついた。ロッテが5月に首位に立ったが、南海はじりじりと差を詰めて6月27日には首位に躍り出た。6月21日、巨人の王氏は通算550本塁打。野村氏との差は9本差に縮まった。7月11日、パ・リーグの前期が終了し、南海ホークスは38勝26敗1分、勝率.594で2位ロッテに2差をつけて前期優勝。野村監督の作戦は当たった。

 後半戦開始、8月3日の太平洋戦で、野村氏は今シーズン80、81安打目を放ち、川上氏の記録を抜いて史上最多安打となる。試合後のインタビューで「川上さんとプレーしたのは最初のオールスターの時やったが、あがってしもて野球している感じやなかった」と述懐。38歳になるが「あのおっさん、いつまでやっとんのや、といわれるまでやろう」と語った。

 8月9日、巨人の王氏は大洋戦でシーズン28、29号を打ち、12本の野村氏とついに並んだ。ともに通算563号。野村氏は「うーん、ついにきたか。しかし600号までは先行したかったけど相手が悪かったよ」と語った。

 33歳の王氏は「ノムさんがずっと目標だった。引退して数字が止まってしまったんじゃつまらない。走っていく汽車を追いかけていくからこそ、よい励みになる」と語った。しかし「野村克也」という“汽車”は、「王貞治」という“超特急”に鼻面を並ばれながらも、なかなか抜かせなかったのだ。

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