昨夏メキシカンL奪三振王・久保康友は所属先未定… リーグの“複雑怪奇”な仕組みとは?
球団側に都合がいいルールにメキシコ人選手「FA制度がないから自分の意志では移籍できない」
さらにやっかいなのが、ドラフトで指名された場合、他球団とは一定期間契約できない縛りルールの存在だ。指名された球団ではプレーしたくない場合や、契約がまとまらなかった場合、その選手は他球団と契約することができるが、それは11月20日まで待たなければならなかった。一方で、ドラフトで指名した選手と契約しなくても、球団側にはペナルティはない。
メキシコのウインターリーグでは、各チームが登録できる外国人選手はレギュラーシーズンの前期が8人、後期とプレーオフは6人。昨年の開幕は前期が10月11日で、後期が11月15日だった。つまり、久保が他チームと契約できるのは、外国人枠が2枠減った後期に入ってからだった。各チームは前期終了後、外国人選手を2人削る選定をしなければならず、さらにそこからもう1枠削って新たな選手を獲得しようとするチームなどない。ウインターリーグはシーズン期間が短いため、すでにプレーしている同リーグに順応済みの選手を使ったほうが、より確実だからだ。
久保は「ルールがある以上、選手はそれに従うしかない」と話していた。ちなみに、夏よりもレベルが高い冬のリーグで奪三振王のタイトルを獲得したのは、昨夏のリーグで、久保に次いで奪三振数が2位だった投手。久保が冬もプレーしていれば、夏冬連続でタイトルを獲得する可能性も十分にあった。
こうした雇う側に都合のいいルールの存在は、実はメキシコでは決して珍しくはなく、野球界に限ったことではない。階級社会が色濃く残り、日本以上に目上の者が絶対的な存在とされるメキシコの社会構造が、契約社会にもそのまま表れている。
例えばサッカー界では昨年まで、世界的には稀な、新人ではなく既存の選手を対象としたドラフト制度が存在した。各チームが放出したい選手を選び、その選手をドラフトにかける。だが、移籍可能期間が短いため、ドラフトで選ばれなかった選手は職を失い、国内でプレーしたい場合は半年間待たなければならなくなる。一般社会でも、理不尽なことがあっても上司に反発するとクビになるため、立場が上の者に逆らうメキシコ人は少なく、我慢して、そのまま時が過ぎるのを待つケースが多い。それがメキシコの国民性なのだ。
野球界では夏のリーグでは選手たちが労働組合にあたる選手会を作ろうとし、その動きを察知した球団オーナーが他球団のオーナー連中と手を組み、その動きを封じ込め、組合設立に向けて動いていた選手らをクビにし、球界から干したことも実際にあったという。ウインターリーグにも選手会は存在しない。昨年、夏のリーグのあるチームでは開幕から約1か月間、給料未払いが続き、オーナーに支払いを直談判した外国人選手がクビにされたことがあった。その選手は主力で打率が3割を超えていたにも関わらず、だ。選手はあくまで使い捨ての駒で、球団にとって都合のいい選手しか雇わない。自己主張が強いラテンアメリカで、こんな“恐怖政治”が可能なのは、こうしたメキシコならではの社会的背景があるからなのだ。
メジャー傘下のチームでもプレー経験がある、あるベテランのメキシコ人選手は言う。「メキシコは選手会がないため、ほかの国に比べて、選手を取り巻く環境は悪い。移籍したくても、米国や日本のようにFA制度がないから自分の意志では移籍できない。でも、他に選択肢がないから、我慢してこのリーグでプレーするしかないんだ」。