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日本ハムファンの皆さんへ 有原航平、旅立ちの手記「6年間、僕が言えなかったこと」

日本ハムからポスティングシステムで大リーグのレンジャーズに移籍し、今日7日に渡米する有原航平投手が「Full-Count」を通じ、ファイターズファンへ感謝の手記を寄せた。早大から2014年ドラフト1位で4球団競合の末に入団。1年目に新人王、2年目に日本一、5年目に最多勝など6年間で60勝を挙げ、今オフに積年の夢だったメジャー移籍を実現させた。これまでメディアに多くを語らなかった男が「6年間、僕が言えなかったこと」として本音を打ち明けた。【構成=神原英彰】

ファンと選手、それぞれへの感謝…中田、上沢、西川、そして田中賢

 苦しい時に支えてくれたのはファンの方々も同じです。今、日本ハムに入団できて良かったと思う一番の理由は、ファンの皆さんの存在でした。

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 カウントが悪くなると拍手をくれる。こんなことはほかの球場にはないですし、苦しい時も優しく温かく、家族のように応援してくれることを、いつもマウンドで感じていました。それは、北海道という土地柄もあると思います。試合やイベントでいろんなところに行きましたが、本当にどの町に行っても、どの店に行っても皆さん、ファイターズを知っていて「頑張って」と声をかけてくれて、温かい。北海道は本当に良い場所です。

 2、3年目から普段いただいているファンレターに、こんなメッセージが書かれている機会が増えました。

「打たれても必死に投げている姿に感動します」

 その言葉をもらえることで良い時はもちろん、悪い時であっても応援してもらっていることを実感し、また頑張ろうと思えました。2016年に優勝して以降はチーム順位が振るわず、申し訳なかったのですが、それでもずっと応援し続けてくれる。ファイターズ、北海道で良かったと思います。

 もちろん、6年間、一緒に戦った選手の皆さんにも感謝しています。この場を借りて、お礼を言わせてください。

 中田さん。1年目のデビュー戦で死球を当てたら、相手打者にすごまれたことがありました。その時、中田さんが一塁からすぐに来て「ビビらず投げろよ」と声をかけてくれました。その励ましで勝った試合も、バットで打ってくれて勝った試合もたくさんあります。本当に頼りにしていました。

 上沢。めちゃくちゃ良い投手だし、2人で結果を残せたら、チームは強くなると思って僕も上沢も頑張ってこられたと思う。投手陣の中でも時間をともにすることが多くて、互いに仲良く、でも切磋琢磨する本当に良い関係で、一緒にいて楽しかった。2019年に選手生命に関わる怪我をした時、病室にお見舞いに行っても「頑張ってくださいよ!」と逆に明るく励ましてくれた。それだけの怪我をして、そんな風に言えるなんてすごい。その分、去年、戻ってきて投げている姿を見て、嬉しかった。怪我さえしなければ、きっと良い成績を残せる。だから、怪我だけしないように気を付けて。

 西川。入団した時、同い年が西川と谷口だけ。その分、1軍で一緒にいて過ごした時間も長く、特に3、4年目くらいからアドバイスをもらっていました。誰よりも野球を考えて研究している。真後ろのセンターから見て「癖、出てるぞ」と気づいたことを伝えてくれたり。マウンドから、ふとセンターを見るとジェスチャーで助言をくれたり。同い年ですが、僕自身、野球についてもっと考えるきっかけをもらい、成長させてもらいました。

 鶴岡さん。ソフトバンク時代に対戦し、同じチームになったのは2018年から。「このボールで抑えられないなんて」「15勝くらいできないとおかしい」と励ましてもらい、自信になりました。野球についても本当に勉強になりました。確か、バッテリーを組んだのは2回くらい。でも、2018年に抑えだった6月16日のヤクルト戦、9回1死二、三塁で飛び出した走者を刺して三振ゲッツーにしてくれたこと、頼もしくて、今も鮮明に覚えています。

 あとはやっぱり、賢介さん。2年目、9月2日のオリックス戦で賢介さんのエラーが絡んで負けた試合がありました。その試合後に初めて食事に誘ってもらい、大先輩なのに「ホント、ごめん。怒らんとって、頼むわ」と(冗談っぽくですが)謝られ、笑ってしまいました。それが始まりで、ずっと良くしてもらいました。忘れられないのは2019年。登板する試合はいつもベンチで僕の隣に座って、声をかけてもらったこと。調子が良くないと「おい、おい。今日はイライラしてるね~」といじられる。でも、賢介さんが言うと許せてしまい、自然とリラックスしていました。

「今日はたぶん、そういう日だ。状態が悪いのは、どうにもできないから、ここからなんとか粘れ」と励ましてくれたり、調子が良い日は「良いね~、今日は」「このままスイスイお願いしますよ~」と言ってくれたり、本当にうまく乗せてくれました。賢介さんが引退する2019年に最多勝を獲ることができたのは、前年のオフに「お前はこんなもんじゃないだろ」「ちゃんとやれ、来年は絶対に頑張れ」とゲキを飛ばしてもらったから。あの時から、僕は変われたと思います。引退式で泣いてしまったのは、そのくらい僕にとって大きな存在だったので、寂しかったからです。

 杉谷さん。杉谷さんは特にない…と言いたいところですが(笑)、お世話になりました。登板日は「俺、今日準備できてるから」「いえ、大丈夫です」の挨拶が、お決まりでした。いつも早稲田会に参加してましたが、帝京出身ですよね? リアル野球BANくらいシーズンでも打ってください!

 そして、栗山監督。良い時も悪い時も使い続けてもらい、一番信じてくれていたと思います。メジャーに決まった時も「もっとできる、楽しみにしているから頑張れ」と温かく声をかけていただき、感謝しかありません。活躍することが恩返しだと思っているので、これからも見守ってください。

 こうして一人一人を挙げれば、キリがありません。ファイターズで関わった皆さん、本当にありがとうございました。

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