高校生からの「唯一夢二」の贈り物が励みに 最高の“相棒”と掴んだ世界障害者野球MVP

2大会連続MVPを獲得した早嶋健太【写真:編集部】
2大会連続MVPを獲得した早嶋健太【写真:編集部】

2大会連続MVPの早嶋健太投手は大学まで健常者とプレー…外野手として活躍

 9月9、10日にバンテリンドームで開催された第5回世界身体障害者野球大会。2006年に初開催され、“もう1つのWBC”と呼ばれる大会で、日本は2大会連続4度目の優勝を飾った。そして、同じく2大会連続で最優秀選手(MVP)に輝いたのが、2試合で先発マウンドを任された早嶋健太投手(岡山桃太郎)だ。「2回連続で獲ってこそ本物だと思っていたので、達成できて自信になりましたし、すごく楽しかったです」と大きな笑みを咲かせた。

 表彰式後、歓喜に沸く日本代表メンバーは山内啓一郎監督、松元剛主将を次々と胴上げ。最後に「MVP!」の掛け声で呼び込まれた早嶋も2度、3度と宙に舞った。各国選手たちの求めに応じて笑顔で記念写真に納まり、プエルトリコ代表選手とは帽子を交換。MVP表彰トロフィーを手に取材対応を済ませると、残念そうな表情を浮かべながら「持ってこられませんでした」と言った。一体、何を……? その正体は、地元・岡山の和気閑谷高野球部員が作ってくれた特製グラブだ。

 生まれつき左手首から先が短い早嶋はボールを投げるのも捕るのも右腕を使うため、小学5年生でソフトボールを始めた頃から道具の使い方に工夫を重ねてきた。中学で軟式野球部に入ると、高校では硬式野球部で1年生からレギュラーになったほどの才能の持ち主。大学でも打撃とスピードが持ち味の外野手として活躍し、健常者と同じ土俵で戦い続けた。そして、この間に身につけたのが、網目が十字になったグラブの活用法だ。

 マウンドからボールを投げる時は、十字の網目に左手首を引っ掛けてグラブを持ち、右腕で投球。捕球する時は、右手にはめたグラブにボールを収めるとそのまま左脇に挟み、右手でボールを抜いて送球。だが、網目に手首を引っ掛けたり、脇に挟んだりするだけではグラブの収まりが悪く、投球・送球フォームのバランスが崩れて右肘を痛めてしまった。2019年に手術を受けたが、復帰後もなかなか痛みが取れず。頭を悩ませていた早嶋を救ったのが、和気閑谷高の野球部員たちだった。

2大会連続MVPを獲得した早嶋健太【写真:編集部】
2大会連続MVPを獲得した早嶋健太【写真:編集部】

西日本豪雨をきっかけに交流を始めた高校生からのプレゼント

 2018年夏に岡山・広島などを襲った西日本豪雨。早嶋の所属チーム・岡山桃太郎の活動場所も水害を受けたため、和気閑谷高のグラウンドを利用するようになったことから交流が始まった。同校野球部と合同練習や練習試合を重ねるうちに、高校生から持ち上がったのが特製グラブ製作の提案だった。

 早嶋が右肘に負担を感じることなく、スムーズにグラブの付け替えができるようにするためには、どんな工夫をしたらいいか。「高校生たちが本当に一生懸命に、色々とアイディアを出してくれたんです」。2020年に完成したグラブを見つめ、心からうれしそうな表情を浮かべながら早嶋は振り返る。

「左手首をスムーズに差し込めばいいように、手の甲の部分にポケットがついています。それまでは十字の網目に引っ掛けていたけど、ポケットがついたおかげで簡単にグラブの持ち替えができるし、何より右肘が全然痛まなくなったんですよ。肘への負担がまったくなくなりました。その他にも、右手に持ち替える時に指が引っかからずに入るように、中指と薬指の仕切りをなくして広めのスペースを作ったり、革が伸びて形が変わらないようにプレートを入れたり。僕の意見を聞きながら、高校生と職人さんが本当にいいグラブを作ってくれました。感謝の気持ちしかありません」

障害者野球で出会った「自分が夢中になれるもの」

 今では野球を「僕の生きがいですね」と話すが、学生時代は何度も辞めようと思ったことがあるという。「誰にも負けない気持ちはあって、それなりに結果も出してきたけれど、結果主義というか、仲間を蹴落としてでも試合に出るみたいな野球が楽しくなくなって。本当に野球が嫌いになったこともあります」。

 そんな早嶋を変えたのが、障害者野球との出会いだった。

「健常者の中で野球をしている時は『周りには絶対に負けたくない』『手のことで絶対に気を遣ってほしくない』と思っていたし、気を遣ってもらわないように僕も気を遣っていた。でも、障害者野球ではみんなが何かしらの障害を抱えているから、まったく気を遣う必要がないんです。ずっと健常者の野球をやってきたから、最初は一緒にしてほしくないところもあったけど、今はその壁もなくなった。一緒に野球をやりたい。そう思わせてくれる仲間たちに出会えました。

 僕、学生の時は何かに熱くなるのが嫌いだったんですよ。『やってやろうぜ!』っていうのがなくて。今考えてみると、それは自分が夢中になれるものがなかったからだなって思います。でも、障害者野球に出会って、人生が変わった気がします。昔は自分のことしか考えていなかったけど、今は誰かのために頑張れている。本当に色々な人に支えてもらいながら野球ができていることに感謝しています。家族のためにも、岡山桃太郎の仲間のためにも、代表チームのメンバーのためにも、グラブを作ってくれた高校生のためにも、勝てて良かったです」

「唯一夢二」の文字が刺繍されたグラブ【写真:編集部】
「唯一夢二」の文字が刺繍されたグラブ【写真:編集部】

高校生の思いが詰まった特製グラブ「一緒に胴上げされたいんです」

 グラブの中には「唯一夢二」の文字が刺繍されている。世界で1つしかない夢を叶える――。そんな想いを込めて、高校生と一緒に考えた4文字だ。

 表彰式の前、早嶋は「もしMVPが獲れたら、このグラブと一緒に胴上げされたいんです。このグラブなしには、ここまで来られなかったので」と話していた。だが、願い通りにMVPを獲得したものの、発表から胴上げまでの流れの中で、グラブを取りにいくタイミングを逃してしまった。

「持ってこようと思っていたのに~!」。大事なパートナーと一緒に宙を舞えなかったことが心残りだが、4年後にもう一度MVPを獲るように、という野球の神様からのメッセージなのかもしれない。

 現在は岡山県の職員として働きながら、野球の練習がある日を心待ちにしている。「障害者とか健常者とか関係なく、好きなことに夢中になれば色々な仲間ができるし、生きがいになる。何があっても乗り越えられると思うので、夢中になれることを見つけられるといいですよね」。経験者の言葉は力強い。

(佐藤直子 / Naoko Sato)

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