選手に強要しても強くならない 出しゃばる指導者不在…トヨタが示す“令和の正解”

都市対抗野球で優勝したトヨタ自動車【写真:編集部】
都市対抗野球で優勝したトヨタ自動車【写真:編集部】

アドバイザーを務める吉見一起氏が実感、社会人王者の「選手ファースト」

 選手と指導者の“適切な関係性”が、日本一を導いた。7月の都市対抗野球で7年ぶり2度目の優勝を飾った社会人の名門・トヨタ自動車。投手陣をはじめとした強固な守備力で、盤石の戦いを貫いた。テクニカルアドバイザーとして3年目を迎えた元中日の吉見一起氏も「プロの2軍より強いんじゃないかな」と言うほど。完成度の裏には、強要とは無縁のチームづくりがある。

「トヨタの選手はすごく会話をする」。2020年限りで現役を引退し、古巣で指導者としてのキャリアをスタートさせた吉見氏は、練習風景を見てそう感じた。自ら考え、それを仲間に共有する。試合中でも同じだった。ひとりひとりの高い意識が、チームを動かす。

「もちろん監督がサインを出して采配するんですけど、選手が試合を動かすというか、選手が試合を作り上げている感じなんです」

 監督やコーチが指示し、選手は何も言わずに従う――。当たり前だと思われてきた光景が、トヨタのグラウンドにはない。「選手も指導者も動いているのがすごくいい。それぞれが同じ立場でやっているなと」。指導者はあくまでもサポート役。選手ファーストの環境がさらなるモチベーションを生み、2022年には日本選手権優勝。そして今年、悲願の黒獅子旗を手に入れた。

トヨタ自動車でテクニカルアドバイザーを務める元中日の吉見一起氏【写真:伊藤賢汰】
トヨタ自動車でテクニカルアドバイザーを務める元中日の吉見一起氏【写真:伊藤賢汰】

指導者としての学び「今の時代はこういう野球だなって気づけた」

 選手が“オトナ”だから自律したチームづくりができるとは限らない。吉見氏は自らの経験を思い返す。現役時代、ブルペン投球で1球ごとに口出ししてくるコーチもいた。「あまり気にしませんでしたが、うるさいなと思うこともありました」。自らの意見を押し付け、選手を従わせる指導者は、プロの世界でも少なくない。

 もちろん選手のために“なんとかしてあげたい”気持ちは、指導者の立場になってよく分かる。それでも、選手が主役であることは忘れない。「一歩下がって、選手より下くらいの立場から話すくらいの感じで」。トヨタには指導者と選手の“不必要な主従関係”がないからこそ、それぞれが考える力を養い、成長につなげる。アドバイザーとして客観的にチームを3年間見てきた中での気づきだった。

 言われて動くチームと、自分たちで動いてきたチームでは、底力が違う。ましてトヨタには、大学や高校の名門から将来有望な選手が集う。「NPBの2軍よりも強いんじゃないかな。1軍レベルには敵わないかもですが、2軍とはいい勝負をする。むしろ勝てるんじゃないかな」。立場はアマチュアでも、実力的にはプロと遜色ない。中日の黄金期を支え、2度の最多勝を誇る元エースは、言葉に力を込めた。

 昭和、平成と時代によって良し悪しの基準は変わるが「今の時代はこういう野球だなって気づけました」。社会人ナンバーワンの称号が、その思いに説得力を与える。一指導者である自身にとっても「トヨタで経験できていることは、これから絶対生きてくる」。トヨタ野球は、ひとつの“令和の正解”を示している。

(木村竜也 / Tatsuya Kimura)

RECOMMEND

KEYWORD

CATEGORY