香川を率いて10年、約20人をNPBへ輩出 元広島4番が魅せられた独立Lの意義
なぜ四国にとどまり続けるのか、元広島4番・西田真二の今
1991年10月、西田真二は広島東洋カープの主軸として、日本シリーズで西武ライオンズを相手に熱戦のど真ん中に身を置いていた。あれから四半世紀経った2016年10月、西田は四国アイランドリーグplus(四国IL)の選抜チームを率いて、宮崎フェニックスリーグでNPBと韓国のプロチームを相手に熱戦を指揮している。
香川オリーブガイナーズを率いて10年目。すっかり香川の顔になった。2007年の就任以来、リーグ年間優勝4回、BCリーグ覇者と争う独立リーググランドチャンピオンシップにも3度優勝。侍ジャパンにも選出された中日ドラゴンズの又吉克樹投手を筆頭に、これまで約20選手をNPBに輩出するなど、指導者として揺るがない実績を積み上げた。「俺は結構叱る方。何しとんや!って。キツイですよ」と笑うが、それでも選手はもちろん球団に関わる人は皆、西田を慕う。指導者としての実力はもちろんだが、それ以上の人間力が西田の周りに人を引き寄せるようだ。
強面に見えるが、実は心優しく人情に厚い。そんな西田が香川の監督で指揮を執ることになったのも、四国ILの基礎を築いた鍵山誠氏(現理事長)と石毛宏典氏の熱意を感じたからだった。四国ILが発足した2005年、西田は愛媛マンダリンパイレーツの監督を務めたが1年で退団。翌年、広島の社会人チームを指揮を執っている時、鍵山と石毛が西田の元を訪れた。
「広島まで来て、西田の力を借りたいとおっしゃってくれた。それで俺も『よしやってやろう』って気概を持って始めたんですよ」
発足から3年目。球団経営もチーム編成も、あらゆることに関する“ひな形”がない中でスタートした。目指すところは、いい素材を集めて、いい素材を輩出するチーム。自身が球界で築き上げたネットワークを駆使しながら、チームの戦力アップに努めた。同時に、独立リーグは「助け船」のような存在であるべきだとも考えている。