激高した岡田監督…あわや没収試合の大騒動 「ずっと引っかかっている」自己判断の送球|球界群像 関本賢太郎#9
忘れられない試合だ。2005年9月7日の中日戦(ナゴヤドーム)で阪神・岡田彰布監督は審判の本塁セーフ判定に不満を爆発させて、ナインをベンチに引き揚げさせた。あわや没収試合に…
激高した岡田監督…あわや没収試合の大騒動 「ずっと引っかかっている」自己判断の送球|球界群像 関本賢太郎#9
忘れられない試合だ。2005年9月7日の中日戦(ナゴヤドーム)で阪神・岡田彰布監督は審判の本塁セーフ判定に不満を爆発させて、ナインをベンチに引き揚げさせた。あわや没収試合に…
長打か確実性か…揺れる心に終止符打った一振り 「初めてバットを短く持った」大舞台|球界群像 関本賢太郎#8
野球人生の流れを変えた。元阪神内野手の関本賢太郎氏にとって大きな転機になったのは、プロ7年目の2003年10月27日。ダイエーとの日本シリーズ第7戦(福岡ドーム)だ。「ヒッ…
一瞬で消えた自信「1番下の下でした」 阪神の高卒ドラ2が絶望…新庄剛志から前代未聞の助言|球界群像 関本賢太郎#7
鼻をへし折られた。関本賢太郎氏は1996年ドラフト2位で天理高から阪神に入団した。タイガース一筋のプロ野球人生がスタートしたが、愕然とすることばかりだった。高卒1年目からの…
大の巨人ファンも…入団は「できれば避けたい」 高校生が阪神に抱いた思い「ちょっと待てよ」|球界群像 関本賢太郎#6
1996年ドラフト会議で天理のプロ注目スラッガー、関本賢太郎内野手は阪神から2位指名された。西武とヤクルト以外の10球団から調査書が届いていたが「阪神はびっくりでした。予想…
福留孝介を目指した最後の夏 「スターはあそこで入れなきゃ」消化不良で終わった甲子園|球界群像 関本賢太郎#5
阪神で万能内野手として活躍した関本賢太郎氏にとって、甲子園球場はプロ19年間の思い出がぎっしり詰まった場所だ。加えて1996年、天理高3年夏に初めて足を踏み入れた時のことも…
「今まで振り遅れた経験がなかった」 プロ入りのきっかけも…衝撃だった斉藤和巳の高校時代|球界群像 関本賢太郎#4
衝撃的な出会いだった。元阪神内野手の関本賢太郎氏は1994年の天理高1年秋からレギュラーの座をつかんだ。甲子園にはなかなか行けなかったが、2年夏前の練習試合で、のちにダイエ…
グラウンドを見て「こりゃやばいと思った」 スーパー中学生がPL学園を“回避”したワケ|球界群像 関本賢太郎#3
巨人のドラ1右腕に続こうと決めた。元阪神内野手の関本賢太郎氏は1994年、天理高(奈良)に進学した。中学時代に全日本入りした逸材には東北から九州まで30の高校がスカウトに来…
中3で日本代表入りも「面白くなかった」 抱えたジレンマ「野球をやめようと思った」|球界群像 関本賢太郎#2
元阪神内野手の関本賢太郎氏は小学4年生から6年チームの「エースで4番」で、地元の奈良・橿原市では向かうところ敵なし状態だった。中学ではボーイズリーグの「橿原コンドル」に所属…
友達と遊んだ記憶なし「スーパー小学生でした」 年上を圧倒…無敵の少年時代|球界群像 関本賢太郎#1
内野全ポジションを守り、全打順を経験、スタメンでも代打でも守備固めでも「必死のパッチ」で結果を出したのが元阪神の関本賢太郎氏だ。天理高から1996年ドラフト2位で入団し、2…
3年連続最下位は「さすがにまずい」 選手が抱く危機感…カギを握る立浪監督の“家臣”|球界群像 都裕次郎#17
元中日左腕の都裕次郎氏は2021年から査定担当を務め、2023年12月31日に任期満了を迎えて退団した。滋賀・堅田高から1976年ドラフト1位で中日入りして以来、47年間の…
“データ改ざん”懇願した正捕手「頼みますから」 スパイ疑惑で消滅も…緊迫の空気感|球界群像 都裕次郎#16
元中日投手の都裕次郎氏は1989年の現役引退後もスコアラーや2軍投手コーチなどを務め、ドラゴンズを支え続けた。チームのため選手のために、どんな仕事もきっちりこなしてきたが、…
17歳がベテランに突きつけた現役引退「もう終わり」 隣で受けた衝撃…つらかった現実|球界群像 都裕次郎#15
中日・都裕次郎投手は1989年シーズン限りで現役生活にピリオドを打った。左肩手術からの完全復活を目指したが、かなわなかった。元には戻らなかった。引退は自分から球団に申し入れ…
ド軍キャンプ地行きの飛行機で身に起きた悲劇 「3日間寝込んだ」ドラ1左腕に続いた不運|球界群像 都裕次郎#14
1987年シーズンの中日は話題満載だった。闘将・星野仙一氏が監督に就任し、3冠王3度の落合博満内野手が牛島和彦投手らとのトレードでロッテから加入。さらにルーキーはドラフト会…
左肩を負傷も手術回避で「痛いところをガンガン」 希望もつかの間…訪れた絶望|球界群像 都裕次郎#13
“茨の道”に突入した。元中日投手の都裕次郎氏は1985年のプロ9年目から左肩痛に苦しんだ。最初は違和感だったが、時の経過とともに悩ましい状態に陥っていった。米ロサンゼルスで…
打ちまくった主砲に謝罪「自分が壊した」 大量リードが一転…忘れられない“悪夢”|球界群像 都裕次郎#12
元中日左腕の都裕次郎氏はプロ8年目の1984年、開幕から無傷の8連勝をマークするなど13勝8敗1セーブと活躍した。「テークバックをコンパクトにしたのがよかったと思います」と…
「癖がバレるかも」疑心暗鬼が生んだ“特殊技能” 無双に繋がった前代未聞の武器|球界群像 都裕次郎#11
元中日左腕の都裕次郎氏は、プロ6年目の1982年に16勝をマークして大ブレークした。中日優勝にも貢献して、まさに急成長を遂げたが、その原動力のひとつとして「スライダーの切れ…
打者1人で降板は「自分が情けなかった」 元中日左腕の不運、40年抱える“後悔”|球界群像 都裕次郎#10
反省の頂上決戦だった。1982年、近藤貞雄監督率いる中日はセ・リーグを制覇した。その立役者の1人が16勝をマークした左腕・都裕次郎投手だったが、パ・リーグの覇者・西武との日…
勝利確信も…神様に見放された“行動”「あれはいかんかった」 ベンチで味わった悪夢|球界群像 都裕次郎#9
ついに覚醒した。元中日投手の都裕次郎氏が大活躍したのが、プロ6年目の1982年シーズンだ。43登板で16勝5敗。先発はもちろん、ロングリリーフもこなしてドラゴンズのセ・リー…
目が覚めたら「ウワーって思いました」 曲がらぬ左腕…ドラ1を襲った“謎の痛み”|球界群像 都裕次郎#8
滋賀・堅田高からドラフト1位で中日に入団した左腕・都裕次郎投手は3年目の1979年シーズン後半に1軍デビュー。プロ初勝利を含む2勝2敗3セーブをマークした。ついにきっかけを…
プロ初勝利も謝罪「すみません」 “奪った相手”と同部屋…気まずかった宿舎の夜|球界群像 都裕次郎#7
中日一筋で活躍した元左腕投手の都裕次郎氏は、プロ3年目の1979年8月2日の大洋戦(ナゴヤ球場)で1軍デビューを果たした。2軍で好成績をマークして、ジュニアオールスターゲー…
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