“大嫌い”だった高校からの誘いを拒否 気に入らぬ外様軍団…心動かした恩師の言葉|球界群像 久慈照嘉#2
180度の方向転換だった。阪神、中日で活躍した守備の達人・久慈照嘉氏は1985年、東海大甲府高に進学した。当初は甲府商に進学予定。しかも「打倒・東海大甲府」の気持ちを高めて…
“大嫌い”だった高校からの誘いを拒否 気に入らぬ外様軍団…心動かした恩師の言葉|球界群像 久慈照嘉#2
180度の方向転換だった。阪神、中日で活躍した守備の達人・久慈照嘉氏は1985年、東海大甲府高に進学した。当初は甲府商に進学予定。しかも「打倒・東海大甲府」の気持ちを高めて…
「本当に小学生か」度肝を抜かれた巨体 阪神で同僚に…ライバルは「ひとりだけ大人」|球界群像 山口高志#1
現役時代はショート守備の名手としてプロ野球ファンを魅了し、引退後は阪神1軍コーチとしても力を発揮したのが久慈照嘉氏だ。1991年ドラフト会議で阪神に2位指名されて日本石油(…
TV見て仰天「なんでこんなボールに」 思わず体起こし…師匠も予期せぬ虎守護神の“覚醒”|球界群像 山口高志#15
元阪急(現オリックス)投手の山口高志氏は1982年限りで現役引退した後、オリックスと阪神で投手コーチやスカウトを務めた。現在は母校の関西大学硬式野球部のアドバイザリースタッ…
「ああ、野球人生が終わった」 戻らなかった腰の振り…引退決めた審判の“ひと言”|球界群像 山口高志#14
元阪急(現オリックス)の剛腕・山口高志氏(関西大学硬式野球部アドバイザリースタッフ)はプロ8年目の1982年シーズン限りで現役を引退した。4年目の日本シリーズ前に腰を痛めて…
野球人生が暗転した“休暇”「行かなければ」 失った伝説の剛速球…悔やみきれぬ悲劇|球界群像 山口高志#13
現役時代に阪急(現オリックス)で先発、抑えに大活躍した山口高志氏(関西大学硬式野球部アドバイザリースタッフ)は1975年のプロ1年目から4年連続2桁勝利をマークし、リーグ優…
“MVPの車”目前で痛恨の大逆転負け 逆境救った36歳右腕の快投「これで大阪に帰れる」|球界群像 山口高志#12
次は「打倒・巨人」を成し遂げた。元阪急(現オリックス)投手の山口高志氏(関西大学硬式野球部アドバイザリースタッフ)は1975年のプロ1年目に日本シリーズMVP、新人王に輝く…
超大物ドラ1がいきなり浴びたプロの洗礼 覚醒呼んだ相手4番からの“アドバイス”|球界群像 山口高志#11
日本一の瞬間、グラブを真上に放り投げた。1975年、阪急(現オリックス)の黄金ルーキー・山口高志投手はプロ1年目から大活躍した。32登板中、22試合に先発し、4完封を含む1…
“大笑い”で幕を開けたプロ生活 場違いだったスーツとネクタイ…戸惑いばかりの1年目|球界群像 山口高志#10
プロ生活は戸惑いから始まった。伝説の剛腕、山口高志投手(現・関西大学硬式野球部アドバイザリースタッフ)は、1974年ドラフト会議で阪急(現オリックス)に1位指名されて松下電…
ドラ1指名なのに…知ったのは2週間後 「知りたいと思わなかった」パーティー三昧の日々|球界群像 山口高志#9
社会人2年目にきっちり結果を出してプロの世界に飛び込んだ。1974年11月19日のドラフト会議で、松下電器の山口高志投手は阪急(現オリックス)からドラフト1位指名を受けた。…
幻に終わった伝説右腕のヤクルト入り「俺の性格から無理」 超一流企業で芽生えた夢|球界群像 山口高志#8
初めて芽生えた思いだった。元阪急(現オリックス)投手の山口高志氏は関西大4年時にプロを拒否して松下電器に入社したが、1973年の社会人野球1年目のシーズン終了までに気持ちの…
机に置かれた“白紙の小切手” ヤクルト拒否で社会人入り…両親が隠し通した秘密|球界群像 山口高志#7
大学卒業後の進路として、社会人野球入りを表明した。阪急(現オリックス)のレジェンド右腕・山口高志氏(関西大学硬式野球部アドバイザリースタッフ)は関西大から松下電器への道を選…
頭部直撃で死亡事故→彼女乗る車が炎上「ショックでした」 “悲劇”続いた日米対決|球界群像 山口高志#6
“上から叩く”フォームが躍動し、「打倒・東京」を成し遂げた。元阪急(現オリックス)の剛腕投手・山口高志氏(関西大学硬式野球部アドバイザリースタッフ)は1972年、関西大4年…
悲鳴上げた右肩「投げられたヤツしか生き残れない」 阪神エースがもたらした“特効薬”|球界群像 山口高志#5
肩の痛みともうまく付き合った。1970年の「第19回全日本大学野球選手権」準決勝・法政大戦で、関西大2年の山口高志投手(元阪急=現オリックス)は延長20回、306球を投げて…
前代未聞の延長20回完投…気になるのは先輩の顔色、大エースが苦しんだ説教「もう地獄」|球界群像 山口高志#4
偉大な先輩の背番号で新たな伝説を作っていった。元阪急(現オリックス)投手の山口高志氏(関西大学硬式野球部アドバイザリースタッフ)は神戸市立神港高校から関西大学に進学した。背…
序盤に敗戦覚悟「明日からどう遊ぼうか」 諦めから一転…“魔球攻略”で掴んだ聖地|球界群像 山口高志#3
元阪急(現オリックス)のレジェンド右腕・山口高志氏(関西大学硬式野球部アドバイザリースタッフ)は神戸市立神港高校時代、1968年の3年時に春夏連続で甲子園に出場した。春が2…
「腹筋、背筋で死んだヤツはおらん」 冬でも海岸ダッシュ…大投手生んだ“田舎の環境”|球界群像 山口高志#2
日本球界で最も速い球を投げたとも言われる伝説の右腕、元阪急(現オリックス)投手の山口高志氏(関西大学硬式野球部アドバイザリースタッフ)は、神戸市立神港高校時代から片鱗を見せ…
「女の子ばかり」不登校に追い込まれた高校生活 両親が呼ばれ発覚…孤独だった剛腕投手|球界群像 山口高志#1
うなる剛速球で一世を風靡したのが元阪急(現オリックス)投手の山口高志氏だ。身長169センチの小柄な体を感じさせない全身フル活用の、“上から叩く”フォームによって投じられたス…
落合政権と比較…立浪監督に「根性が欲しい」 中日OBが提言「迷っているうちは駄目」|球界群像 藤波行雄#15
元中日外野手の藤波行雄氏は1987年に36歳で現役を引退。その後はテレビ、ラジオなどで解説者を務め、独立リーグ、大学、高校で指導者も経験した。静岡商、中央大、中日と、自身が…
コーチの一言に「もうがっかり」 怪我の“虚偽申告”で2軍落ち…腹括った戦力外|球界群像 藤波行雄#14
ドラフト1位入団で1974年新人王の元中日外野手・藤波行雄氏はプロ14年目の1987年シーズン限り、36歳でユニホームを脱いだ。他球団で現役を続ける話もあったが、3年目のオ…
覚悟し続けた戦力外も…大仕事で延ばした“現役生活” 完全試合投手に引導を渡した粘り腰|球界群像 藤波行雄#13
巧打の外野手として中日で活躍した藤波行雄氏はプロ5年目の1978年、初の開幕スタメンを勝ち取った。「1番・中堅」で4打数2安打1打点の好スタート。だが、レギュラー定着には至…
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