1軍昇格を拒否「俺、やめますわ」 冷遇で折れた心…最下位での打診に「腹立った」|球界群像 工藤一彦#15
元阪神投手の工藤一彦氏は、1990年シーズン限りで現役引退した。土浦日大から1974年ドラフト2位で入団し、タイガース一筋16年のプロ野球人生だった。ラストイヤーは4月下旬…
1軍昇格を拒否「俺、やめますわ」 冷遇で折れた心…最下位での打診に「腹立った」|球界群像 工藤一彦#15
元阪神投手の工藤一彦氏は、1990年シーズン限りで現役引退した。土浦日大から1974年ドラフト2位で入団し、タイガース一筋16年のプロ野球人生だった。ラストイヤーは4月下旬…
OP戦なのに「もう1イニング行ってくれ」 狂った歯車…登板辞退で一変した監督の表情|球界群像 工藤一彦#14
1イニングが流れを変えた。元阪神投手の工藤一彦氏には、現役晩年の苦い思い出として忘れられない試合がある。プロ14年目の1988年3月9日、甲子園球場での西武とのオープン戦。…
“昭和の酷使”&納得できない年俸「どんな気持ちだったか」 疲れ果て駆け回った深夜の関西|球界群像 工藤一彦#13
元阪神右腕の工藤一彦氏は現役時代、先発とリリーフのどちらもこなしてチームに貢献した。「便利屋さんだったな。俺は体が大きい割に、ピッチングスタッフの中でも先発、中継ぎ、抑え、…
負け投手覚悟も…降板直後に“伝説誕生”「とんでもない」 ベンチ裏での超体験|球界群像 工藤一彦#12
1985年、吉田義男監督率いる阪神はセ・リーグ&日本シリーズを制覇した。元虎右腕の工藤一彦氏はVメンバーのひとりで、この年のチームを勢いづけたランディ・バース、掛布雅之、岡…
「誰のおかげで給料もらっている」 白星先行で減額…球団から虎右腕へ“悲痛”な言葉|球界群像 工藤一彦#11
元阪神投手の工藤一彦氏にとって、プロ10年目の1984年は無念のシーズンだった。2年連続2桁勝利をマークして虎のエースとなった右腕は、気合を入れ直して春のキャンプから調整に…
13勝でも昇給100万円「おかしかった」 怒りの契約更改…絶望した“チーム内格差”|球界群像 工藤一彦#10
元阪神投手の工藤一彦氏はプロ8年目の1982年に204回1/3を投げて、初の2桁勝利となる11勝8敗2セーブ、防御率3.00の成績を残した。9年目の1983年には13勝10…
「無茶苦茶な使われ方」で“逃した車” 先発翌日に登板指令…掴めなかったあと1勝|球界群像 工藤一彦#9
あと1勝が遠かった。元阪神投手の工藤一彦氏はプロ5年目の1979年に7勝をマークして1軍に定着したが、勝ち星には決して恵まれなかった。好投しても打線の援護がなかったり、リリ…
1軍外され激怒「なんやねん、それ」 22歳が“引退宣言”…指令で激変した野球人生|球界群像 工藤一彦#8
“タイムリミット”を設定していた。元阪神投手の工藤一彦氏はプロ5年目の1979年から1軍に定着した。“江川事件”で巨人から移籍した小林繁投手との出会いを生かし、少ないチャン…
江川事件で「人生が変わった」 “悲劇のヒーロー”に背番号譲渡…好転したプロ生活|球界群像 工藤一彦#7
元阪神投手の工藤一彦氏はプロ5年目の1979年を「俺の始まりはそこからや」と言う。31登板、7勝8敗、防御率4.08の成績を残したこのシーズン中には、いろんな出来事があった…
首脳陣に“騙され”緊急登板 悪夢のデビューで防御率67.50…1軍満喫中に直面した想定外|球界群像 工藤一彦#6
念願のデビューは不本意なものだった。元阪神投手の工藤一彦氏はプロ4年目の1978年8月11日の中日戦(西京極)でプロ初登板を果たしたが、結果は伴わなかった。0-6の6回に3…
進学予定も…黒塗りの車が「8台くらい来た」 熱意に折れプロ入り、父の秘密に「嘘だろ」|球界群像 工藤一彦#5
1974年のプロ野球ドラフト会議は11月19日に東京・日比谷の日生会館で行われた。「高校四天王」の1人でもあった土浦日大の剛腕・工藤一彦投手は、阪神に2位指名されて入団した…
263球の熱投も…監督に交代直訴「勝たなくていい」 体調最悪も却下、記憶ない甲子園|球界群像 工藤一彦#4
263球の大熱投だった。元阪神投手の工藤一彦氏は土浦日大3年の1974年、春夏連続で甲子園にエースとして出場した。夏は原辰徳内野手(元巨人)が1年生レギュラーの東海大相模(…
横浜は「嫌なことしてきた」 “三羽烏”のはずが…甲子園で痛感「気づいたら負けてた」|球界群像 工藤一彦#3
“関東三羽烏”でしのぎを削った。元阪神投手の工藤一彦氏が初めて甲子園のマウンドに上がったのは1974年、土浦日大3年春の第46回選抜大会だった。2年秋の茨城大会を制し、関東…
“水飲み厳禁”「そりゃやめる」 130人→20人に消えた部員…起こした脱水症状|球界群像 工藤一彦#2
元阪神投手の工藤一彦氏は土浦日大高時代、銚子商・土屋正勝投手、鹿児島実・定岡正二投手、横浜・永川英植投手とともに「高校四天王」と呼ばれ、プロから注目された。その非凡な才能を…
切り札に「代打がいるのは最悪」 狙った直球を空振り…阪神の“職人”が覚悟した瞬間「なんかおかしい」|球界群像 関本賢太郎#14
「どうする?」と聞かれて「やめます」と答えた。元阪神内野手の関本賢太郎氏は、2015年シーズン限りでユニホームを脱いだ。タイガース一筋19年の現役生活だった。ラストイヤーは…
小6で180センチ「先生よりデカかった」 規格外の怪物少年…元阪神右腕の衝撃伝説|球界群像 工藤一彦#1
甲子園球場で伝説の“バックスクリーン3連発が”飛び出したのは、1985年4月17日の阪神対巨人だった。1-3の7回にランディ・バース、掛布雅之、岡田彰布の阪神クリーンアップ…
“代打の神様”に課せられた宿命 巨人の無双左腕攻略に6か月の研究…155キロが「ゆっくり見えた」|球界群像 関本賢太郎#13
元阪神内野手の関本賢太郎氏は、プロ18年目の2014年シーズンから12球団でタイガースだけに存在する“代打の神様”と呼ばれるようになった。2013年に引退した桧山進次郎外野…
他球団でレギュラーか、阪神残留で控えか FA取得で息子に“相談”…活力剤になった一言|球界群像 関本賢太郎#12
元阪神内野手の関本賢太郎氏は、現役時代に1番から9番までの全打順を経験した。最後に残っていた4番には、プロ15年目の2011年9月1日の中日戦(ナゴヤドーム)で起用された。…
矢野燿大から強奪した「必死のパッチ」 “留守”の間に活躍…お立ち台で多用して定着|球界群像 関本賢太郎#11
元阪神内野手の関本賢太郎氏と言えば、ヒーローインタビューでの「必死のパッチ」が有名だった。関西弁で「死に物狂いで頑張る」との意味で昔から使われていた言葉を、2008年シーズ…
135キロが155キロに感じる“錯覚”「普通じゃないですよ」 やっかいだった中日左腕|球界群像 関本賢太郎#10
元阪神内野手の関本賢太郎氏は現役時代、数多くの投手と対戦した。そのなかで「強烈ナンバーワン」として名前を挙げたのは中日の山本昌投手(現・野球評論家)だ。ストレートの球速は1…
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