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「ぜひロッテにいてほしい投手」―救世主になる可能性を秘めた2人の助っ人

18年シーズンはセ・パ両リーグとも外国人投手の活躍が目についた。千葉ロッテマリーンズにも2人の大型右腕がいた。マイク・ボルシンガーとタナー・シェッパーズ。苦戦が続くチームの救世主になる大きな可能性を秘めている。

2度のMLBドラフト指名を拒否した経歴を持つボルシンガー

 前半戦のロッテを支えたのはボルシンガーと言っても過言ではないだろう。開幕からローテーション定着し、前半で12勝を挙げた。球種はカット気味に動くファストボールとチェンジアップ、そして代名詞とも言えるナックルカーブ。そのナックルカーブはダルビッシュ有(カブス)が「あのボールは間違いなく有効になる」と断言したほどだ。

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「ナックルカーブを覚えたのは大学時代。それまではフォーシームとチェンジアップ、カッターをよく投げていた。でも100マイル(約161キロ)のスピードが出るわけでもなかったから、変化をつけないとやっていけない。いかに球速を落とした球を投げるかだと思った」

 子供の頃からプロ入りが夢だった。06年MLBドラフトでインディアンスから34巡目(全体1031位)に指名された。この時は契約せずアーカンソー大へ進学、在学中の09年には33巡目(全体993位)でアスレチックスから指名。しかし驚くことに2度目も契約せず、翌10年15巡目(全体451位)指名でダイヤモンドバックスに入団した。

「学生時代のドラフト指名は正直迷った。だって子供の頃からからの夢だったからね。実際にプロ側の期待度や評価も高かった。変な話、プロ入りすれば良いお金ももらえる。でもまだ時期が早いんじゃないかと思った。自分自身もまだ足りない部分があると感じていたしね。だからナックルカーブを覚えたのも大学時代。いろいろと成長できたと感じたから、自信を持ってプロ入りもできた」

「メジャーではやってやろう、成功しようという気持ちが強かった。でも、なかなか結果も出ずに、メジャー定着もできない状況になってきた。やること、できることをすべてやろうと思った。そんな時にロッテの話があった。タイミングも良かったと思うよ」

 ボルシンガーはこう話す。メジャーでの実働4年間で48試合登板、8勝19敗。15年には移籍したドジャースで先発ローテーションに定着したが、その多くはマイナー生活だった。

 シェッパーズは学生時代から評価は高く、05年ドラフト29巡目(全体873位)でオリオールズから指名を受けた。この時は契約せずカリフォルニア大フレズノ校へ進学、08年にはドラフトの目玉と言われたが、直前に故障。結局、2巡目(全体48位)でパイレーツに指名さたが契約せず、独立リーグのセインツへ。翌09年ドラフトでの1巡目指名(全体44位)でレンジャーズへ入団した。

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