戦力外から2年…元MVPが投げ続ける理由 見据える新たな“挑戦”「社会科見学をしたい」

BCリーグ・栃木でプレーする吉川光夫【写真:羽鳥慶太】
BCリーグ・栃木でプレーする吉川光夫【写真:羽鳥慶太】

日本ハムや巨人で投げた吉川光夫は、BC栃木で2年目のシーズン

 2012年に14勝5敗、防御率1.71というすばらしい成績でパ・リーグMVPに輝いた吉川光夫投手は、今季もBCリーグの栃木ゴールデンブレーブスで選手兼任コーチとしてプレーしている。いわゆる「ハンカチ世代」の選手も、現役からはだんだん少なくなってきた。西武から戦力外とされ、NPBを離れて2年。今も投げ続ける原動力はどこにあるのだろうか。

 栃木で迎える2年目、吉川の立ち位置に変化があった。「今季はコーチの割合の方が大きいんじゃないですかね」。先発ローテーションに入り、週1回に近いペースで投げていた昨季とは異なり「投げさせたい若い子を優先している」という。自身の登板間隔は1か月近く開くこともある。

 その上で現役を続けるのは、「兼任コーチ」というこのポジションでしかできないことがあるからだ。6月7日の群馬戦、吉川は今季3勝目を挙げたものの、4回に左翼へ強烈な弾丸ライナーの本塁打を浴びた。ただそれは「打たれるのはわかって投げていましたよ。そういう1球もあります」という状況だった。

 マウンドに向かう前、バッテリーコーチと「同じ球種、2球は通る(通用する)かもしれないけど、3球は無理だよな」というやり取りがあったという。そして捕手から出たのは3球続けて同じサイン。吉川は首を振ることなく投げ、被弾した。「試合とはどういうものなのか。こういう配球をしたらこうなるよと、身をもって教えるということですね」。ベンチに戻って、すぐに話をした。NPBで15年、219試合登板という自らの経験値を、伝えるかのような時間だ。

 栃木は昨季までの正捕手、叺田(かますだ)本気がブルペン捕手としてオリックス入りし、捕手を育てているところだ。「これは兼任じゃないとできないですし、投手に対しても言った以上は自分が頑張れるという効果があるんじゃないですか」。手本になるという強い決意がにじむ。

 人に伝えることの難しさも味わっている最中だ。現在は練習生となったティモンディ・高岸宏行との会話からは、気付かされることばかりだという。「プロ野球選手ならすぐ伝わる話が、そうじゃない。伝え方を考えないといけないんです」。そして「自分もこうやって思われていたんだろうなと。だから怒ることはないですね」。教えた選手の向上が見えればうれしいという感情が、湧き上がっている。

「やめる前に、社会科見学に行きたい」かつての同僚のように海外へ…

 さらに、投げ続ける理由はもう一つある。「(現役を)やめる前に、社会科見学に行ってみたいんです」。海外リーグへの挑戦を念頭に置きながら、コンディションを上げて行こうとしているのだ。

 西武を戦力外となった2021年、実は左肩が悲鳴をあげていた。昨季もだましだましの投球で、かつて日本ハム時代には150キロを超えたスピードボールは「135キロくらいしかでなくて……」という状態だった。今季は少し上向き、142キロくらいまで上がった。もう少し状態が良くなれば、海を渡って最後の勝負をしたいのだという。

「アメリカでもメキシコでも、アジアでもヨーロッパでも、1リーグくらいは経験してみたい。どこかでやってみたいという気持ちだけでやっているような感じです。チャンスがあれば本当に行きたいんですよ」

 吉川は栃木入りする前、日本ハムでチームメートだった中村勝に豪州やメキシコでの経験を聞いた。さらに巨人でチームメートだった同学年の澤村拓一は、メジャーで2シーズン投げた。世界の野球への興味はふくらむ一方だという。「やっとコロナも収まってきて、行きやすくはなってきたのかな」。実際にBCリーグからは今季、埼玉武蔵で兼任コーチだった由規(元ヤクルト)が台湾の楽天モンキーズへ移籍した。独立リーグから海外へという話は、決して夢物語ではないのだ。

 問題は、身体のコンディションだけ。少しずつ良くなっているとはいえ、まだ腕を振り切れていないのが自身の映像を見てわかるという。「おびえながら投げているんでしょうね。思い切りいけていない。最後まで腕を持って来られていない」。そうした中で投げ続けた昨季は「ジレンマもありましたよ。調子が上がってこないから技術でごまかして……」。そのステップを、ようやく抜け出しつつある。

 今季は6試合に投げ5勝1敗、防御率2.89。コーチとして、選手として、まだまだやりたいことがある。それには自身が投げて“伝え続ける”のが一番。今後はどんな姿が見られるのだろうか。

(羽鳥慶太 / Keita Hatori)

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