視力0.01なのに守備「めちゃウマ」 フォロワー3万超、気鋭コーチの“内野の悩み”解決策

内野守備コーチの武拓人さん【写真:伊藤賢汰】
内野守備コーチの武拓人さん【写真:伊藤賢汰】

SNS通じて“華麗な”守備動画を発信して話題…パーソナル指導を行う武拓人さん

 勝利至上主義、高圧的な指導……いまだ“旧態依然”のはびこる野球界に、新風を吹き込もうとする人たちがいる。Full-Count編集部では「球界のミライをつくる“先駆者”たち」と題し、“令和の野球”のキーマンを取材。今回は、インスタグラムで3万人超のフォロワーを持ち、SNSを通じてパーソナル指導を行っている気鋭の内野守備コーチ・武拓人(たけ・ひろと)さん。小学生を中心に人気を集める要因や、指導法について話を聞いた。

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 湘南の青い空の下、茶色い土のグラウンドには、選手とコーチだけの濃密な空間。「お願いします」の声掛けと共にノッカーが叩いたボールを、遊撃の位置に就く2人が1球1球、交互に裁いていく。選手は小柄な小学生。長い黒髪に褐色肌の若きコーチは自ら手本となりながら、気づいた点を問いかけたり、アドバイスしたりしていく。一塁に置かれた送球ネットに“パシッ”と白球が吸い込まれていく音が心地よい。

 時にはコーチ自身がミスすることもあるが、それさえも選手にはよき“教材”になっているようだ。教える人・教わる人の境界線がなく、同じ距離感で野球をしているように感じる。そう伝えると、コーチは笑顔でこう語った。

「子どもは“スポンジ”なんです。自転車に乗れるようになるのと同じで、一緒に『こうやるんだよ』と示してあげると、どんどん吸収していく。小学生への指導は、やりがいも含めて一番面白いですね。体が動くうちは、こういうやり方でやっていこうと思っています」

 桐光学園高、早大野球部出身、27歳の武拓人さんは、2020年から神奈川県茅ヶ崎市を中心に、主に内野守備を教えるパーソナルコーチとして活動している。SNSを通じて、自身の守備やコーチングの様子を発信して注目を集め、インスタグラムのフォロワーは3万人超。指導依頼のダイレクトメール(DM)は週に十数通にも上り、これまで教えてきた選手数は、小学生からプロ野球選手まで600人以上にもなる。

1枠2時間の指導は選手と一緒にノックを受け続けるスタイル【写真:伊藤賢汰】
1枠2時間の指導は選手と一緒にノックを受け続けるスタイル【写真:伊藤賢汰】

猛ノックで怒られる“昔ながらの指導”ではなく「一緒になって考える」

 指導する選手で最も多いのは小学生。関東近辺はもちろん、遠く九州からも指導を仰ぎに来る子もおり、中にはNPBジュニアのメンバーとなった選手もいる。1人1人に寄り添いながらのマンツーマン指導で、適宜インターバルをとりながら2時間の枠を目一杯使い、一緒になってノックを繰り返していく。

「内野守備が上達するかは、数をどれだけ受けられるかだと思います。それができるのが、ノッカーを含めて3人だけでやる利点。近距離で捕る・投げる練習というのはほとんどせず、準備ができたら、すぐに守備位置に就いてノックを受ける流れですね」

 小学生への指導で重視しているのは、弾んで来る打球への合わせ方。スローイングに悩んで指導を依頼してくる子も多いが、その原因は“スローイング以前”にあるケースがほとんどだという。「バウンドへの合わせ方が悪いから、ステップも、スローイングも無理な体勢や投げ方になってしまう。そこを合わせられれば、投げ方うんぬんも自然に良くなっていきます」。そのためにも、数多くの打球を受けて経験値を積むことが重要になるわけだ。

 この日レッスンを受けていた小学生も、打球への入り方のコツをつかんでくると、初めは多かった悪送球が次第になくなっていった。

 YouTubeで見た動画をきっかけに、武さんにDMを送り指導を依頼したという父親は、「少年野球では今でも、ひたすら猛ノックして、エラーをしたらただ怒られることを繰り返す練習は多いですが、武さんは違います。例えば、ラインを引いて『ここから前に出ないように捕ってみて』というように、捕るまでの過程をきちんと教えてくれるんです」と語る。

「僕も頭ごなしに怒られてきた世代なので、気持ちはよくわかります」と武さんも同意する。「『なんで前に出ないんだ』と言われても、僕の中では『なんで前に出なければいけないんだ』と思うこともありました。だから、エラーを恐れずにどんどんチャレンジをして、ミスをしたならば選手と一緒になって考えていくことを、今の指導では大事にしています」。

自身の守備が上手になったと実感するのは「最近です」と武コーチ【写真:伊藤賢汰】
自身の守備が上手になったと実感するのは「最近です」と武コーチ【写真:伊藤賢汰】

稀な眼疾患で視力が低下…それでも「ありがとう」の言葉をやりがいに

 小学5年で野球を始めた武さんは、中学時代にはU-15日本代表に選出。桐光学園1年時には背番号「6」で夏の甲子園に出場し、今季からメジャーに挑戦中の1学年上の松井裕樹投手(パドレス)と共にベスト8入りを果たしている。

 幼少時にはダンスに取り組み、そこで養った身体能力を生かした守備には、当時から定評があった。逆シングル捕球やジャンピングスローなど、今も武さんがSNSに上げる動画には「めっちゃうまい!」「動きがすごくスムーズ」などの驚嘆のコメントが寄せられている。

 だが、そんな華麗な守備からは想像できないが、武さんは現在、両眼の視力が0.01しかない。円錐角膜という眼疾患のためだ。角膜が薄くなり円錐状に突き出てしまう、数千人から1万人に1人が発症するといわれる稀な病気。異変を感じて精密検査を受けたのは、パーソナル指導を始めて間もない2年ほど前だった。

「病院の先生には『高校3年くらいから、ちゃんと見えてなかったのではないか』と言われました。ハードコンタクトを入れたりもしたんですが、どうしても合わなくて。だから、今もノックを受ける時は基本的に裸眼。打球は途中までボヤーっとして、手前まで来てようやくピントが合うので、打球の速さや距離感を予測して合わせている感じです」

 さらに、多い時には週に10~15人ほど、選手と一緒にノックを受け続けるのだから肉体的にも容易ではない。トレーナーの元に通っての体のメンテナンスや筋力トレーニングも欠かせないという。そうした労苦を乗り越えられるのは、インスタなどに寄せられるコメントや、指導した選手たちからの「ありがとうございました」の言葉があるからこそだ。

 称賛される自身の内野守備だが、本人いわく、上手になったと実感するのは、「最近になってです」と笑う。自信があったのはむしろ外野守備や打撃で、内野では常に「エラーする不安の中でプレーしてきた」そうだ。だからこそ、失策を恐れる気持ちに寄り添っての指導ができるし、現在進行形で、選手と一緒になって“上達”しているというのも面白い。

 SNS時代に必須の“距離の近さ”と“共感力”。それが、武さんの人気の要因にもなり、日々のやりがいにもなっている。

(高橋幸司 / Koji Takahashi)

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