対戦相手に掲げた“怒声・罵声禁止” 全国V2の転機…共感なき人「自ずと距離できた」

多賀少年野球クラブ・辻正人監督。指導法もどんどん進化している【写真提供:フィールドフォース】
多賀少年野球クラブ・辻正人監督。指導法もどんどん進化している【写真提供:フィールドフォース】

滋賀の“先駆的”指揮官から広まった「子どもファースト」が県外へも波及

 日本のほぼ真ん中に位置する滋賀県では、小学生の学童野球の現場から、大人の怒声や罵声が見事に消えた。その要因は複数あるだろうが、大きな影響を与えたのは多賀少年野球クラブ(以降、多賀)の成功事例と、辻正人監督の発信だろう。現にそういう指摘も県内の指導者から聞かれる。

 岐阜県と三重県にも面する犬上郡多賀町。山あいの人口わずか8000弱の町で、唯一の学童チームとして1988年から活動する多賀は、2018年から全国2連覇を達成した。

 チームは2000年代から全国大会の常連。創設者の辻監督はバイタリティーと機転に富み、セオリーも覆す独自の理論と指導から注目の指揮官となった。

 しかし、どうしても日本一には届かないまま、月日を重ねてきた。それを2年も続けて成し遂げられたのは、「脱・スポ根」を標ぼうして高圧的な指導を改め、子どものストレスフリーを実現したからだった。

 そしてその成功事例が、テレビや一般紙などの大手メディアも通じて広く知られることに。辻監督は取材を拒まず、自らもSNSで積極的に発信。ただし、怒声・罵声のない今日を理想郷としたわけではないという。

「私のところでうまいこといったことを広めたい気持ちはありました。意識の高いチームがマネをしてくれたらええかな程度」

 やがて、県内で怒声・罵声が聞かれなくなってきたことには気付いたが、当初はそれも半信半疑。「多賀と試合するときにだけ、罵声がないのかなと最初は思っていたんです。でも、いつどこで試合しても、やっぱり聞かれない。ああ、これはホンマや、みんなそうなんやな、と」(辻監督)

第19回多賀グリーンカップで準優勝した一宮ウイングス(岡山)。久成康博監督が笑顔の声掛け【写真提供:フィールドフォース】
第19回多賀グリーンカップで準優勝した一宮ウイングス(岡山)。久成康博監督が笑顔の声掛け【写真提供:フィールドフォース】

試合経験が少ない小学3年生以下にも光を「多賀での経験を持ち帰って」

 2018年の日本一から、結果として交流するチーム・指導者が限定された側面もあるという。多賀のホームページ上で「対戦相手募集」をクリックすると、入力用フォームと同時に『怒声・罵声禁止』の文字が目に入るように設定(現在は当たり前なのでなし)。

「その時点で共感できないチームはまず、試合を申し込んでこないので、自ずと距離ができたということですね」

 さらには、毎年3月に主催する3年生以下の大会「多賀グリーンカップ」の要項にも、同じ文言を盛り込んだ。筆者もこの大会に足を運んだことがあるが、滋賀県内をはじめ、大阪、奈良、三重、愛知、岐阜、岡山、福井など県外からの参加も多い。

 負ければ涙も見られるような真剣勝負ばかりで、トーナメント戦の終盤は二盗阻止も珍しくないほどのハイレベルに。でも何より印象的なのは、選手はもちろん、保護者にも指導者にも自ずと広がる笑顔、また笑顔。ついには取材者までもが“野球を通じた幸せ”を享受し、夢中でシャッターを切っている自分がいた。

「グリーンカップは、試合経験が少ない3年生以下に光を当てることと、これからの指導者のための大会でもある。多賀での経験を各地に持ち帰って、指導に生かしてもらえたらと思っています」

選手の笑顔が大人にも波及。北海道からは選抜2チームが多賀グリーンカップに参戦【写真提供:フィールドフォース】
選手の笑顔が大人にも波及。北海道からは選抜2チームが多賀グリーンカップに参戦【写真提供:フィールドフォース】

日本の真ん中から少年野球が好転!? 高圧的な審判もゼロに

 辻監督の願いは現実となりつつあるようだ。同じ趣旨の3年生大会「グリーンカップ」が、北海道の札幌市や東川町、岡山県、青森県(北東北3県)、東京都などですでに始まっている。また辻監督によると、滋賀県では審判員の高圧的な言動やジャッジもすっかり影を潜めたという。「子どもファースト」の本質が、携わる大人たちに理解されてきたことの証しだろう。

「岡山県でも怒声・罵声が全体でなくなったようです。ただ、この状態は学童野球のまだ最低ライン。ここからさらに、自分たちの特長なりを見つけてやっていかないことには、野球に興味をもつ親子も増えてこないと考えています」(辻監督)

 第20回となる、今年の多賀グリーンカップは3月30日、31日。エントリーは締め切っているが、見学だけでも“野球を通じた幸せ”の何たるかが感じられることだろう。

〇大久保克哉(おおくぼ・かつや)1971年生まれ、千葉県出身。東洋大卒業後に地方紙記者やフリーライターを経て、ベースボール・マガジン社の「週刊ベースボール」で千葉ロッテと大学野球を担当。小・中の軟式野球専門誌「ヒットエンドラン」、「ランニング・マガジン」で編集長。現在は野球用具メーカー、フィールドフォース社の「学童野球メディア」にて編集・執筆中。

(大久保克哉 / Katsuya Okubo)

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