肘手術の名医痛感「良い投手は潰れる」 障害予防を徹底…中学野球の“運動能力”向上策

館林慶友ポニーの練習の様子【写真:伊藤賢汰】
館林慶友ポニーの練習の様子【写真:伊藤賢汰】

トミー・ジョン手術の第一人者が創設…中学硬式野球「館林慶友ポニー」の特徴的指導

 野球という競技を行う上で、勝利を目指すことは重要なモチベーションの1つだ。ただ、勝ちにこだわりすぎて怪我をしてしまっては元も子もない。群馬県館林市で活動している中学硬式野球チーム「館林慶友ポニー」は、育成年代の野球障害予防に重きを置いて2019年4月に結成された。チームの立ち上げには医療従事者が携わり、勝利のみを追求するのではなく、選手個々の成長を最優先する育成主義を採用している。

 チーム代表を務める慶友整形外科病院(館林市)医師の古島弘三さんは、国内におけるトミー・ジョン手術(肘内側側副靱帯再建手術)の第一人者。これまで、過度な練習量や連投によって、肩肘を故障した有望投手を多く診察してきており、「肘を怪我して最後の大会に出られずに終わっていく選手は、結構多いんです」と、チーム創設に至った経緯を語る。

 共通しているのは、成長期での練習量・投球量が多すぎること。試合で勝つことが最優先になると、一番良い投手を起用し続けることになる。それでチームは勝てるかもしれないが、「良い投手はみんな潰れていきます。その子の一生が台無しになることもあります」と古島代表。

「そういう野球の在り方について、患者を通して見える部分があったので、実際にチームを作り、怪我なく、さらに選手の伸びしろを大きくして、上のステージで活躍するための育成にチャレンジしています。一方で、他のチームで怪我などによって続けられなくなった子たち、野球が楽しめなくなり居場所がなくなってしまった子たちも、途中から受け入れています。むしろ、その理由でチームを作ったのが本当のところです」

故障予防と運動能力向上で伸びしろを大きくする【写真:伊藤賢汰】
故障予防と運動能力向上で伸びしろを大きくする【写真:伊藤賢汰】

前転、後転、跳び箱などで運動神経を刺激…「基礎がない子は総合的に伸びない」

 館林慶友ポニーの指導方針は、他チームと一線を画している。現代の小学生はマット運動などの前転、後転、跳び箱、平均台歩行などの基礎的運動能力が低下している子が多いため、入部時には「運動神経をさらに良くすること」をテーマに、バランス感覚を養うなど“体操的”な運動を多く取り入れ、神経系を刺激していく。

「本来、小学生の時点で運動神経などのトレーニングはやっておくべきだと思っています。中学の成長期が終わると、運動神経の向上は多く望めません。基礎的な運動能力のない子は、そこそこスキルは向上するかもしれませんが、プロ野球選手を目指すレベルにまで引き上げることはできません。高いレベルまで伸ばすには総合的な運動能力が必要。まずはボールを使う以外にも、運動神経を良くするトレーニングから行う必要があると思っています」

 もちろん、試合に出るからには勝利を目指すが、固執することはない。日本ポニーベースボール協会理事も務める古島代表は「Super Pony Action」を打ち出し、2020年から1試合あたり中学3年生は85球、2年生は75球、1年生は60球で変化球禁止など、学年別の球数制限を設定している。

 館林慶友ポニーも、1試合に必ず3投手以上を起用。1人にかかる肩肘への負担を最小限にとどめるとともに、多くの選手に投手を経験させて、高校や大学進学時に、投手になれる可能性を持たせたい狙いもある。

館林慶友ポニーの古島弘三代表【写真:伊藤賢汰】
館林慶友ポニーの古島弘三代表【写真:伊藤賢汰】

“指示待ち思考”には厳しい環境…自主的に練習に取り組むことが大事

 また、「監督」という名前の立場はあえて置かず、指導者も対等の立場で、選手の意見を尊重しながらポジションや打順を考えていく。投手交代のタイミングなどのマネジメントはヘッドコーチが行うが、試合中、打者が1球1球ベンチを向いて確認するようなことはない。投手との対戦に集中させたい意図から、ノーサインを貫いている。

「過去にセーフティーバントをやった子はいますけど、送りバントをした子は1期生から1人も記憶にないですね(笑)。みんな打ちたいと思いますし、集中して投手と勝負してほしいと思っています。1球1球サインを出すことによって、“指示待ち”の考えになってほしくないのもあります」

 自らが考え、動ける選手に育つよう、練習の他にも野球技術や栄養学、スポーツメンタルなどの座学や、肩肘検診も定期的に実施。考える思考力を養い、怪我を予防し、運動能力を引き上げ、能力の伸びしろに期待をもたせて、次のステージへ送り出すことを使命と考えている。

「逆に言えば、“指示待ち思考”の選手には厳しい環境のチームだと思います。何も考えずにただ練習に来て、目的を持たずにトレーニングをしているだけでは向上しません。入団して最初にトレーニングの目的や意味を教えますが、その後は、上手くなりたいと自主的に取り組んでいくことが大事です。時間と環境は選手に提供しているので、生かすかどうかは自分たち次第。日々の練習で、選手たちにはよく話しています」

 故障を防ぎながら、1人1人の「考える力」を引き出していく。野球が上達する環境が、館林慶友ポニーにはある。

(内田勝治 / Katsuharu Uchida)

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