野球引退で“自分を見失う”のはなぜ? 名門元主将が提案…第2の人生に差がつく「言語化」
プロの夢を諦めても…中京大中京元主将・小林満平氏が描いたセカンドキャリア
ユニホームを脱いでも、燃え尽きたり、目標を見失ったりはしない。高校野球の名門、愛知・中京大中京で主将を務め、法政大学や東邦ガスでも主力を担った小林満平さんは、引退後もやりがいを持ってキャリアアップしている。プロ野球選手になって活躍する目標を達成できなくても、ビジネスの世界で輝けるのには、マインド設定と準備に理由があった。
アマチュア野球界の王道を歩んできた。小林さんは愛知・三好東郷ボーイズに所属していた中学時代、日本代表に選出されて世界大会で優勝した。その後、中京大中京、法大に進学し、俊足とミート率の高い打撃を武器に、大学時代はベストナインや日本代表に選ばれている。社会人野球の東邦ガスでも4年連続で都市対抗野球に出場した。
小林さんはプロを目指してプレーを続けてきた。だが、東邦ガス1年目に心境の変化が生まれていた。
「今までプロ野球の試合を見ている時は、自分ならどうやって投手を打ち崩すのか、どうしたら盗塁を成功できるのかを考えていました。ところが、いち野球ファンの目線になっていることに気付きました。プロで即戦力として期待される社会人選手でありながら、プロの一線級の投手を攻略するイメージがわきませんでした」
小林さんは東邦ガスで4年間、現役を続けた。プロをあきらめてからは、チームに貢献することにだけ集中した。2021年はチーム史上最高成績となる都市対抗ベスト8入り。ユニホームを脱いだ2022年はシーズンで打率.310、盗塁18と自己最高成績を残した。
東邦ガスでは他の社会人チームと同様に、シーズン中は午前中が社業、午後から練習のサイクルだった。小林さんは営業部に所属してガス・電気契約、太陽光の売電契約、リフォームの相談など個人営業を担当。シーズンオフで練習がない時は、ショッピングモールなどにブースを構え、新規顧客を獲得する営業もしたという。この間、野球中心の生活を送りながら、引退後のキャリアも描いて準備を進めていた。
「まずは、東邦ガスの社員として結果を出そうと思いました。そして、野球を終えてからも会社に残って働き続けることが、自分の人生にベストなのかを考えました。次第に『転職してキャリアを切り開いていく方が自分の拡張性は上がるのではないか』という思いが強くなり、転職を意識するようになりました」
「自分から野球を引いた時にゼロにならないか」を問うことが必要
小林さんはシーズン中に早起きしたり、シーズンオフの時間を活用したりして、簿記2級やITパスポートなどの資格を取得。YouTubeやVoicy(音声プラットフォーム)を使って、ビジネスに必要な知識もどん欲に吸収した。野球を引退して社業に専念してからは、部署の単月契約件数でトップの成績を残した。転職するとしても「東邦ガスで結果を出さなければ、どの会社に行っても活躍できない」という考えが根底にあった。
東邦ガスで実績を上げた小林さんは、新卒に人気のITコンサルティングマーケティング会社「Speee」に転職した。社会人まで野球を続けてきた選手は、学生時代からプロを目指して野球に打ち込んできたケースが多い。だからこそ、競技人生に幕を下ろした時、燃え尽きて次の目標を描けなかったり、野球以外の分野への苦手意識や自信のなさから、ビジネスの世界で苦労したりする傾向が強い。
小林さんは引退後も向上心を失わず、活躍しているのはなぜか。その理由を明かす。
「なぜプロ野球選手になりたかったのかを“言語化”していたからだと思います。野球は理想の人生を歩むための“手段”ととらえていれば、野球を終えた時に、別の方法で目標を達成しようと切り替えられます。野球の競技人口から見ると、プロになれる確率は0.1%以下です。別の分野でも人生を豊かにできるとポジティブな思考を持つには、言語化が必要だと思っています」
小林さんの場合、「大好きな野球でトップレベルに到達したい」「家族や友人にとどまらず、地域や社会を幸せにできる存在になりたい」という思いから、プロを目指した。発展途上国に用具を贈ったり、被災地に義援金を寄付したりする選手の姿に憧れ、プロを志す理由を「利害関係のない第三者にも優しくするため」と言語化した。野球以外の道でも目標を達成できると認識していたからこそ、スムーズにネクストキャリアへ移行できたのだ。
野球人が引退後のステージでも輝くために、小林さんは「デュアルキャリアの重要性」を挙げる。現役中から競技と仕事の2つのキャリアを歩む考え方で、将来を見据えた準備をする。「野球が一段落してから動き出すのでは遅い」と指摘する。
「野球をやり切ることも大事ですが、次に向けたスタートダッシュを切るためにデュアルキャリアが大切になります。『自分から野球を引いた時にゼロにならないか』を問うことが必要です。それから、『野球以外に時間を割くことは、野球につながらない』という考えは捨てた方がよいと思います。生かすも殺すも、全ては自分次第ですから」
仕事で成果を出すために必要なコミュニケーション能力や分析力は、野球にも共通する。工夫や努力を重ねて直面する課題を解決する力が求められるのは、ビジネスも野球も同じ。デュアルキャリアを意識して競技に取り組んできた小林さんが、社会人最終年で自己最高成績を残せたのは、「野球以外の時間が野球に生きる」という考え方と決して無関係ではない。
大阪桐蔭元主将とタッグ「野球経験者の能力はビジネスでも重宝される」
小林さんは引退後の人生でも充実感を抱いている。同時に、野球を終えた人たちが、その後の人生で苦労している現実も痛いほど見てきた。そこで、次のステージとして、「野球経験者に特化した就職・転職支援」の仕事を選んだ。この事業を立ち上げた東邦ガス時代のチームメートで、大阪桐蔭元主将の水本弦さんから熱烈な誘いを受け、今年10月に執行役員として入社した。
「プロを目指した人たちが野球を辞めた後、野球と同じくらい熱中できるものを見つけているケースは本当に少ないと感じています。ただ、引退後に自分がやりたいこと、この人のために頑張りたいと思えることと出会えれば、野球人にはコミットできる力があります。野球経験者の能力がビジネスでも重宝されるとわかっているからこそ、サポートしたいと思いました」
小林さんは東邦ガスやSpeeeで存在感を示し、安定した生活を手にしていた。それでも、水本さんが2022年に起業したばかりの「Ring Match」での挑戦を選んだ。その選択にはプロを目指す理由を言語化した時からブレない信念がある。
「野球経験者のキャリアサポートは、まだビジネスモデルができていません。可能性を秘めた事業ですし、この領域で結果を出せれば、より多くの人を幸せにして社会に貢献できます」
ネクストキャリアやデュアルキャリアを体現する小林さんは、野球選手の理想的なモデルと言える。経験と知識を球界全体に広げ、ユニホームを脱いでからも野球人が輝く場をつくっていく。
〇小林満平(こばやし・まんぺい)1996年、名古屋市生まれ。小学4年生で野球を始め、三好東郷ボーイズに所属した中学3年時に世界大会優勝。中京大中京で2年秋から主将を務め、3年夏は愛知大会に「3番・三塁」で出場しベスト4。法大では2年春と4年秋に外野手でベストナイン。大学日本代表にも選出された。東邦ガスで4年連続都市対抗野球大会に出場し、2022年に現役引退。ITコンサルティングマーケティング会社「Speee」を経て、現在は野球関連事業を展開する「Ring Match」で執行役員。
(間淳 / Jun Aida)
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