思い切り打てる場所「なければ作ろう」 まるで秘密基地…中学生を夢中にする“手作り練習場”
2021年創部の千葉・市川南ポニー…ステップアップの陰に保護者手作りの室内練習場
学校を終えた子どもたちが、胸を踊らせながらある建物の中に入っていく。外観からはそこが練習場とはまったくわからない。まるで“秘密基地”のような空間だ。長い階段を昇り、入り口に着くと、“手作り”の室内練習場が目の前に広がっていた。そこでは2021年創部の中学硬式野球、千葉・市川南ポニーリーグの選手たちの平日練習が行われていた。
土日の練習や試合は、千葉県内のグラウンドを利用している。専用グラウンドは持たないが、雨でグラウンドが使用できない日や平日の夜は思う存分、室内で打ち込むことができる。一般開放はしていない。全面にネットが貼られ、片側のレーンにはバッティングマシンも常設。もう片側にはキャッチボールやダッシュ、空いたスペースには筋トレ器具が置かれ、専属トレーナーが付き添い、アドバイスを送っていた。
手作り感が漂う室内練習場は、現在、チームの投手コーチを務める宇田川栄一さんが設計、設営した。市川南ポニーができるよりも前、7年前に個人で作り上げた施設だった。
宇田川さんは、2人の球児の父でもある。現在は2人とも大学生になったが、それぞれがまだ中学生、小学生の頃のこと。「ボールを思い切り打てる場所がこの周辺にはない」と憂い、野球が大好きな子どもたちに硬式球を打たせてあげたいという思いに駆られた。
「ないならば、作ればいい」。仕事の取引先に空いている倉庫や工場などがないか聞いて回った。すると、ある工場がワンフロアを貸してくれることになり、約2か月にわたる施工が始まった。ネットを張り、単管パイプを繋いでいった。「妻からは最初は呆れていましたね。こんなのができるなんて、誰も最初は思っていなかったですから」と笑う。
DIYで練習場を――。完成が近づいていくと周囲の人々の心は踊った。「2人の子どものためなら……と妻からも止められることはなかった」と家族の理解にも感謝。“宇田川スタジアム”と名づけ、思う存分、硬式球を打たせることができた。息子たちが大学生になっても、室内練習場で共有した親子の時間は忘れることはない。
同級生だった山本監督に声をかけられた
息子たちが成長し、施設の使用も少なくなってきた頃だった。中学時代の同僚だった現在、市川南ポニーの山本芳洋監督が中学硬式チームを発足するとなり、相談を受けた。施設の使用と併せ、投手コーチとして力を貸してほしい、と。宇田川さんは当時、違うチームでコーチをしていたが、熟考の末、子どもの頃の仲間と一緒に、野球の楽しさを教える道を選んだ。
市川南ポニーは創設間もないが、着々と力をつけている。今夏のポニー全日本選手権大会では関西の強豪・関メディベースボール学院に1-4と善戦した。「今まで打てなかった子が、試合や練習で打てるようになっているのを見るとうれしい」。レベルアップをしている姿を見るたびに、施設を作り、貸している喜びを噛み締める。
所属選手は、使用の申し出があれば平日に利用可能。ただし維持費はかかるため、1回100円を支払うルールになっている。山本監督は「バッティングセンターに行くよりも、安いと思う」とボールをどんどん打ち返す子どもたちを見つめる。100円玉を握りしめ、自主的に平日練習に来る選手には特に指導はせず、最初と最後だけ選手を集めて、言葉をかけていた。
都心のチームにおいて、練習場所の確保は深刻だ。専用球場を持っているチームは一握り。子どもたちが活動できる場所づくりが課題となっている。環境を作ってあげたいというのが野球に携わる大人の思いでもある。
宇田川さんは室内練習場のスペースで、今年チームを退団し、4月から高校生になる選手とキャッチボールをしていた。スローイングのフォームの調整だという。「野球って楽しいなっていうことを常に教えているつもりでいます。私の思いとしては、チームの全員が高校で野球をやってもらいたいんです」。今年、卒団する選手たちは全員、高校で野球を続けるという。それを聞いた時は最近で「一番うれしい」ことだったと顔を緩ませた。
中学野球を引退した子でも戻れる場所があるのもいい。打ち終わった子どもたちは笑顔で施設を後にした。その様子を監督、コーチ、トレーナーらが優しい表情で見送っていた。限られた環境の中で、創意工夫で練習を重ねていく――。2021年に創部したばかりの“若いチーム”が近年、力をつけている理由がそこにはあった。
(楢崎豊 / Yutaka Narasaki)
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