選手減少で困るチームには「色がない」 失敗人生を糧に…無休で伝える“野球育成の心”

野球講演家・年中夢球氏【写真:加治屋友輝】
野球講演家・年中夢球氏【写真:加治屋友輝】

塾潰してバイト掛け持ち「このまま一生は嫌だ」…人気野球講演家の言葉はなぜ心を打つのか

「日本一、少年野球チームを見ている人間」と言っても過言ではないだろう。選手はもちろん、その保護者、指導者の心に訴えかける言葉の数々で、人気を博す人物がいる。野球講演家の年中夢球(ねんじゅう・むきゅう)さん。自らの“失敗体験”を基に、野球育成に関わる大人たちに助言や気付きを与えるべく、全国各地を行脚している。

「子どもへの応援が“期待”に変わっていないか」「“声掛け”が子を追い詰める“声崖”になっていないか」「高校3年まで野球を続けられるのは奇跡」……。トレードマークの豹柄の衣装のごとくコワモテの顔と鋭い目つきだが、語られる言葉は、力強くも愛情あふれて温かい。毎週末のように悩みや問題を抱える少年野球の現場へ出向き、講演を行うチーム数は年間で100前後にものぼる。

「私がやっているのは、あくまで“きっかけ”を提供すること。その“きっかけ”すらもわからない人たちがいっぱいいますから。私の話から何かに気付いてもらい、継続できるかどうかはもちろん、チームの指導者さんや親御さん、選手たち次第です」

 近年、特に増えているのが、「チームの選手数が減って困っている」という相談だ。単に少子化や競技人口減少の問題だけではない。「部員が少ないのには理由がある」と、現場を多数見てきた年中夢球さんはハッキリ指摘する。

「選手が集まるのは、『方針がしっかりしているチーム』。その“色”が強ければ強いほど、保護者にも伝わりやすく魅力が感じられます。練習時間が短時間でも、1日中やるでもいい。勝負にがっつりこだわるでもいいし、そこに正解はない。逆に、何をしたいかわからない、色がないチームには人が集まりません。『楽しく野球をやる』と言っても、何をもって『楽しい』のかが伝わらなければ意味がないんです」

 怒声罵声や暴力はもってのほかだが、「明確なチーム方針が全てであり、それを入団前に、親御さんも納得するよう説明ができれば問題は起こらない」と年中夢球さん。全国を股にかけて解決のヒントを語りかけ、救われてきた指導者やチームは数多い。

年中夢球杯の初代王者に輝いた山梨・ラウンダーズ【写真:加治屋友輝】
年中夢球杯の初代王者に輝いた山梨・ラウンダーズ【写真:加治屋友輝】

自身の名前を冠した学童野球大会開催…講演の言葉で“激変”したチームも

 地道な活動を続けて7年。その成果は、2024年に形として結実した。自身の活動名を冠した学童軟式野球の全国大会「年中夢球杯」(一般社団法人オールジャパンベースボールリーグ主催)の開催だ。トーナメント形式の地区予選(自主対戦制)には891チームが参加。勝ち抜いた44チームが9月下旬に埼玉に集い、3日間かけて全国の頂点を争った。

 大会のコンセプトは色々考えた。「大人が叱ってはいけない」とか、「指導者ベンチ不在のノーサイン野球」とか。しかし、「私は監督・コーチがあってのチームだと思っているので、いつも通りがいいんじゃないかと。開会式の挨拶で話したのも『良いプレーは互いにきちんと称賛しましょう』だけでしたね」。中には自主的にエール交換を行うチームもあった。

「もう一度、年中夢球さんに会うために全国大会に出たい」と、約束を果たしてきたチームも多かった。初代王者に輝いた「ラウンダーズ」(山梨)もその1つ。日原宏幸監督が講演を依頼したのは、2023年の初夏だったという。

「チーム状態があまり良くなく、大人側のダメな部分も見え隠れしていたためお願いしました。中でも心に残ったのは『自分軸』という言葉。選手たち1人1人が自分の考えを持って行動する。親も口出ししすぎず成長を見守っていくことが大切だと」(日原監督)

 アドバイスを参考に1年かけて指導していくと、選手たちは次第に主体的になり、親の顔色をうかがってプレーすることも減っていった。2024年は県内で負けなしの戦績を挙げ、全日本学童大会マクドナルド・トーナメントにも初出場。“夢球効果”はテキメンだった。

「迫力のあるお顔立ちと声ですし(笑)、何よりもお話が上手で説得力がある。スタイル(衣装)も意識していらっしゃいますし、子どもたちも真剣に耳を傾けてしまいますよね」

熱い言葉の裏側には自身の実体験がこもっている【写真:加治屋友輝】
熱い言葉の裏側には自身の実体験がこもっている【写真:加治屋友輝】

「親父は伝えていかなければいけない」…“しくじり先生”として教訓を基に

 言葉に引き込まれる理由は、実体験があるからこそだ。年中夢球さんは講演家になる前、学習塾を経営し、学童とリトルリーグの指導者も20年間務めてきた。自身の息子も野球少年だった。転機は8年ほど前、塾の経営が行き詰まり潰してしまった。再就職しようにも年齢的に難しく、アルバイトを3つ掛け持ちし、家族を養うため寝る間もなく働いた。

「このまま一生を終わるのは嫌だ」。追い詰められた生活の中、自分のやりたいことは何かを真剣に考えた。それが、愛する“野球”に携わること。「経営者として、指導者として、父親として、いろんな失敗をしてきた。常に自分が正しいって誤解していたし、周りにも厳しすぎた」。“しくじり先生”として経験と教訓を基に、野球育成の心を伝える活動を始めた。

「フェイスブックでの発信から始めて、そこから直接会いに行って講演をするようになりました。節約のために深夜バスで仙台まで行って、7、8人を相手に話をしたこともありましたね」

「高校3年まで野球を続けられることは奇跡」という言葉にも実体験がこもっている。2020年夏、コロナ禍によって夏の甲子園が中止になり、地方大会は自主開催に。高3の息子にとっても最後の夏だったが、感染予防対策のため保護者はスタンドに入れなかった。「観客席で子どもを応援することさえ当たり前ではないのか」と痛感した。

「野球ができること、応援できることは奇跡」と伝え続ける【写真:加治屋友輝】
「野球ができること、応援できることは奇跡」と伝え続ける【写真:加治屋友輝】

 あれから5年、野球界を覆った苦難の記憶は、次第に薄れつつある。だからこそ、息子からの激励に心が奮い立つという。

「野球ができること、応援できることが当たり前じゃないことを体験しているからこそ、親父は伝えていかなければいけないよ、と。その言葉が原動力になっています」

「年中夢球」の活動ネームはパソコンの誤変換から。豹柄の衣装も、目立つ格好を追い求めていくうちに自然とそうなった。「夢とボールに年中追いかけ回されている。自分でもいい名前だなと思います」。2025年もまた、白球を追えるありがたみを、野球で成長できる喜びを、全国の少年野球に携わる人たちに休みなく伝えていく。

■「年中夢球杯2025 全国学童軟式野球大会」参加チーム受付中

https://alljapanbaseball.net/honma1/

(高橋幸司 / Koji Takahashi)

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