2度目の就任…阪神・岡田監督は「全然違った」 恐怖の20年前、一変した甲子園の雰囲気
20年ぶりの晴れ舞台は格別だった。サンテレビの湯浅明彦アナウンサーは、入社3年目の2000年から「サンテレビボックス席」で実況を担当。2003年には開局初となるリーグ優勝の…
2度目の就任…阪神・岡田監督は「全然違った」 恐怖の20年前、一変した甲子園の雰囲気
20年ぶりの晴れ舞台は格別だった。サンテレビの湯浅明彦アナウンサーは、入社3年目の2000年から「サンテレビボックス席」で実況を担当。2003年には開局初となるリーグ優勝の…
プロ初勝利→翌年に任意引退…届いた「やめたの?」 巨人フロントに覚えた“戸惑い”
プロ初勝利の喜びも、つかの間の出来事だった。巨人、近鉄で投手として活躍した香田勲男氏は、九州文化学園高の野球部監督に就任して5年目を迎えている。昨夏の長崎大会は決勝戦に進出…
契約更改で異例の懇願「年俸上げないで」 広島→中日で復活も…見据えた“終わり”
また故障と闘い、再び這い上がった。2000年オフに広島から中日にトレード移籍した紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)だが、新天地でスムーズに事は進まなかった。中日…
甲子園に響いた「行くな!越えるな!」 名捕手の引退試合…担当アナの実況に隠された“真実”
伝説となったセリフは咄嗟に漏れた心の叫びだった――。阪神を生中継するサンテレビの湯浅明彦アナウンサーにとって忘れられない試合がある。入社13年目の2010年9月30日の阪神…
巨人入団で受けた衝撃「危ない集団じゃ…」 多摩川に並んだ高級車…18歳の忘れぬ光景
テレビで見ていたスターとの競演に心が躍った。巨人、近鉄で投手として活躍した香田勲男氏は、九州文化学園高の野球部監督に就任して5年目を迎えている。昨夏の長崎大会は決勝に進出。…
引退よぎるも中日からトレード打診 「冗談半分」のはずが…“闘将”から「お前が欲しい」
2000年オフに紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)は広島から中日に移籍した。右腕・鶴田泰投手との交換トレードだった。1983年にドラフト3位で広島に入団し、リリ…
阪神優勝の実況の裏で「点滴を打って…」 28歳アナの晴れぬ心、救われた“闘将”の言葉
関西の阪神ファンに支持をされている1つの独立放送局がある。神戸市に本社を構えるサンテレビ(株式会社サンテレビジョン)だ。“プレーボールからゲームセット”まで。地上波では異例…
教員志望が一転…巨人から2位指名 甲子園が変えた運命、父が告げた「好きにしろ」
甲子園での活躍で、目指す道が変わっていった。巨人、近鉄で投手として活躍した香田勲男氏は、九州文化学園高の野球部監督に就任して5年目を迎えている。昨夏の長崎大会は決勝戦に進出…
痛み止め頼るも悲鳴上げる肉体 広島エースは「ちょっと鬱に」…“拒否”された2軍落ち
札幌でまさかの悪夢が……。元広島右腕の紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)のプロ13年目、1996年は、好スタートを切りながら悔しい結果に終わった。その年の広島は…
キャンプ負傷→指揮官は激昂 復帰急かされ…全身に広がった痛み、“破壊”された防御率
プロ11年目の1994年に16勝を挙げて赤ヘルの主力投手となった紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)は、そこから3年連続で2桁勝利をマークした。12年目の1995…
祝勝会の記憶もなし「壊れる寸前」 大きな代償も…支えた亡き剛腕の“座右の銘”
1991年シーズンは山本浩二監督率いる広島がセ・リーグを制覇した。紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)は当時、プロ8年目の右腕でVメンバーの1人だ。ほとんどが中継…