ドラ1の秘蔵っ子がトレード「悲しかったなぁ」 中日トップとの“亀裂”…法元英明氏に募る後悔
田尾安志 ニュース・速報
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田尾安志が闘う“国指定の難病” 70歳も残る未練…楽天では「まだ監督までになっていなかった」
中日、西武、阪神で活躍した元外野手で、楽天初代監督も務めた田尾安志氏は現在、国指定の難病「心アミロイドーシス」と闘いながら野球評論家として活動している。加えて自身の公式Yo…
ほぼ100敗→1年で解任も…予期せぬ胴上げ 「恥ずかしいからやめてくれ」楽天・田尾安志監督の最終戦
あの光景は忘れられない。田尾安志氏(野球評論家)は中日、西武、阪神の3球団で活躍し、1991年に現役を引退。2005年には楽天初代監督を務めた。そんなプロ野球人生の中で最高…
「休養しろ」に納得できず…三木谷氏に直電 3年契約も1年でクビ、楽天初代監督・田尾安志の無念
楽天初代監督の田尾安志氏(野球評論家)は2005年のわずか1シーズンで解任された。新規参入球団の1年目は38勝97敗1分。戦力的にあまりにも他球団と差がありすぎた。4月と8…
楽天は「もう100%最下位」 予期せぬオファーに苦悩…妻のひと声で決めた初代監督
現役時代に中日、西武、阪神で活躍した田尾安志氏は2005年シーズン、新球団・楽天の初代監督を務めた。1991年シーズン限りで現役引退した後、野球評論家であるとともに、フジテ…
「今日でやめます」田尾安志、突然の引退表明に“大混乱” 阪神・中村監督の一言で…プツリと切れた気持ち
最後は指揮官とのやり取りで決意した。田尾安志氏(野球評論家)は阪神在籍時の1991年シーズン限りで現役生活に幕を下ろした。前年の1990年は5年ぶりに規定打席に到達するなど…
阪神・村山監督が「僕をクビにしようと思っている」 “勝ちたい発言”で冷遇…田尾安志が抱いた違和感
野球評論家の田尾安志氏は現役時代、中日、西武、阪神の3球団を経験した。阪神にはプロ12年目の1987年シーズンから在籍し、吉田義男監督、村山実監督、中村勝広監督の下でプレー…
「森さんの下ではやりたくない」 新天地2年でトレード志願…引き金は“清原問題”
1985年春季キャンプ前、田尾安志外野手(現・野球評論家)はトレードで中日から西武に移籍した。広岡達朗監督の管理野球を学び、勉強になった1年だったが、成績は127試合、打率…
元ドラ1が電撃トレードで放出「嫌われていた」 スター絶頂期も…球団代表との根深い確執
現役時代に通算1560安打を放った田尾安志氏(野球評論家)は、1985年のキャンプイン前に西武へ電撃移籍した。杉本正投手と大石友好捕手との2対1の交換トレードだった。「全然…
中日が逃した日本一、審判に困惑「なんで」 “阻止”された先制点…流れ変えた悲劇
元中日外野手の田尾安志氏(野球評論家)はプロ7年目の1982年、リーグ2位の打率.350をマークするなどリーグ優勝に大きく貢献した。2勝4敗で敗れたものの、西武との日本シリ…
優勝決定もファンに“謝罪” 「こんなゲームで申し訳ない」…抗議の空振りに「もう振るな」
1982年10月18日、中日は8年ぶり3度目のリーグ優勝を成し遂げた。シーズン最終130試合目の大洋(現DeNA)戦(横浜)に8-0で勝って決めた。負ければ巨人優勝という大…
「なめているのか」グラウンドでコーチと“大喧嘩” 代打も拒否…覚悟したトレード
元中日外野手の田尾安志氏(評論家)はプロ7年目の1982年にリーグ優勝を経験した。129試合に出場してリーグ1位の174安打、同2位の打率.350をマークするなど大活躍だっ…
打率3割より「大事なものがある」 快挙目前で戦線離脱…1年越しに果たした“約束”
元中日外野手の田尾安志氏(野球評論家)は、プロ6年目の1981年に初の打率3割(.303)を達成した。いよいよバット術が覚醒し、安打製造機ぶりを発揮していくことになるが、こ…
試合直前に「給料下げる」…球団代表が“問題発言” 元ドラ1、中日フロントと関係悪化
歯がゆいシーズンが続いた。元中日外野手の田尾安志氏(野球評論家)はプロ1年目の1976年に新人王に輝いたが、2年目以降、納得いく数字をなかなか残せなかった。「プロには1年目…
ドラ1入団も…屈辱の“代打要員”「あかんわ」 指揮官に落胆、異例の2軍降格直訴
同志社大から中日にドラフト1位で入団した田尾安志外野手(現・野球評論家)はプロ1年目の1976年、セ・リーグ新人王に輝いた。成績は67試合、166打数46安打の打率.277…
“1位確約”も予期せぬ結末「頭になかった」 目前で分かれた運命…翻弄されたドラフト
1975年のプロ野球ドラフト会議で、同志社大の田尾安志投手兼外野手(現・野球評論家)は中日に外野手として1位指名された。「中日は頭になかったが、どこに指名されてもプロに行く…
“投球不能”の中で衝撃の打率「下から投げた」 相次ぐ大怪我…何度も変わった守備位置
打者としての評価が高まった。元中日、西武、阪神外野手の田尾安志氏(野球評論家)は1974年の同志社大学3年春から投手と打者の二刀流選手になった。渡辺博之監督の発案だったが、…
“安打製造機”に先輩怒り…試合サボって授業出席 「自信を持ちすぎていた」大学時代
中日、西武、阪神で活躍した元外野手の田尾安志氏(野球評論家)は、同志社大野球部に投手で入部した。大学2年の1973年は左の本格派投手として活躍し、リーグ戦優勝にも貢献。同年…
元ドラ1、幻に終わった広島入団…誘いを「知らなかった」 顧問が“勝手にお断り”
現役時代に中日、西武、阪神の3球団でプレーした田尾安志氏(野球評論家)は、大阪府立泉尾(いずお)高校から同志社大に進んだ。縁があって練習に参加したところ、結果を出し、野球部…
サイン変えぬ捕手に「もう代われ」 優勝候補を連続撃破…弱小校が見せた“青春ドラマ”
1971年夏の高校野球大阪大会で、公立の泉尾(いずお)高校が優勝候補の強豪校を次々と撃破。4強入りの旋風を巻き起こした。エース兼3番打者だったのが、元中日外野手の田尾安志氏…
1試合10四球→深夜2時起きの猛練習 弱小野球部の悲哀…強豪校に「ほとんど断られた」
屈辱がバネになった。中日などで活躍した元外野手の田尾安志氏(野球評論家)は1969年に大阪府立泉尾(いずお)高校に進学したが、野球部のレベルはかなり低かった。「強いチームに…
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