涙が溢れた“最後”の対面「ガリガリになられていて…」 胸に刻んだ覚悟「もう1回復活するから」|球界群像 紀藤真琴#17
元赤ヘル右腕の紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)にとって、プロ9年目(1992年)は試練のシーズンだった。ここ数年の登板過多の影響もあったのだろう。右肘痛を発症…
涙が溢れた“最後”の対面「ガリガリになられていて…」 胸に刻んだ覚悟「もう1回復活するから」|球界群像 紀藤真琴#17
元赤ヘル右腕の紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)にとって、プロ9年目(1992年)は試練のシーズンだった。ここ数年の登板過多の影響もあったのだろう。右肘痛を発症…
祝勝会の記憶もなし「壊れる寸前」 大きな代償も…支えた亡き剛腕の“座右の銘”|球界群像 紀藤真琴#16
1991年シーズンは山本浩二監督率いる広島がセ・リーグを制覇した。紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)は当時、プロ8年目の右腕でVメンバーの1人だ。ほとんどが中継…
「地獄」だった広島の“酷使” 敵でさえ同情「大丈夫か?」…先輩に詰められる恐怖|球界群像 紀藤真琴#14
元広島右腕の紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)はプロ6年目の1989年、オールリリーフの61登板で、4勝1敗7セーブ、防御率2.68の成績を残した。広島・山本浩…
「若造、手を挙げんかぁ!」コーチの一喝で代役決定 連日のブルペンに疲弊“昭和の起用法”|球界群像 紀藤真琴#13
先発、中継ぎでフル回転した。元広島右腕の紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)は背番号を55から12に変えた入団5年目の1988年にプロ初勝利をマークした。「谷間の…
午前4時の遭遇に「腰が抜けた」 広島の寮で大騒動…消えた“女性”を「あんたも見たんね」|球界群像 紀藤真琴#12
広島市西区に、かつてあった広島カープの三篠寮(三省寮)は多くの赤ヘル戦士たちの思い出の場所だ。1983年ドラフト3位入団の紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)にと…
「ストレート投げろ」大物助っ人が激怒 若手でも容赦なし…“騙し打ち”に爆発寸前|球界群像 紀藤真琴#11
中京高(現・中京大中京)から広島入りした紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)のプロ初登板は4年目の1987年5月28日のヤクルト戦(広島)だ。4-4の8回からマウ…
広島右腕を襲った血行障害「箸も持てなかった」 手術→復帰直後に肩故障…覚悟した引退|球界群像 紀藤真琴#10
広島など3球団で通算22年の現役生活を送った紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)だが、プロ3年目の1986年には引退を考えた時期があったという。2年目に血行障害、…
18歳で“地獄の登板”「イップスに」 大先輩から飛び交う罵声「どこ投げてるんだ」|球界群像 紀藤真琴#9
中京高(現・中京大中京)から1983年ドラフト3位で広島入りした紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)は、プロ1年目(1984年)に1軍キャンプメンバーに選出された…
「俺なんか見に来ない」同級生に集まるプロの視線 社会人内定も…一転広島入りのワケ|球界群像 紀藤真琴#8
1983年のドラフト会議で紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)は、広島から3位指名を受けた。中京高(現・中京大中京)ではエース・野中徹博投手(元阪急・オリックス、…
甲子園で散った最後の夏…「ホッとした」 待っていた“別れ”…広がった「忘れぬ」光景|球界群像 紀藤真琴#7
広島市西区の株式会社EJフィールド代表取締役の紀藤真琴氏(元広島、中日、楽天投手)は、中京高(現・中京大中京)3年の1983年夏、甲子園大会に出場した。これが自身3度目の聖…
対峙した打率9割の“怪物”に「ウワっ」 忘れぬ大一番…超満員の球場で安堵「やったぜ」|球界群像 紀藤真琴#6
大注目カードに勝利した。元広島右腕の紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)は、中京高(現・中京大中京)時代に春1回、夏2回、甲子園大会に出場した。1983年の高校3…
甲子園逃し…始まった“地獄の日々” 流血しても終わらぬノック、深夜まで8時間の罰走|球界群像 紀藤真琴#5
広島など3球団でNPB通算78勝右腕の紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)は中京高(現・中京大中京)で恩師の杉浦藤文監督によって徹底的に鍛えられた。「先生のおかげ…
甲子園連続出場も「行って当たり前」の“圧” おっかない先輩に震えた伝統校の宿命|球界群像 紀藤真琴#4
広島などで活躍した右腕・紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)は1982年の中京高2年時に春夏連続で甲子園を控え投手として経験した。出番は少なかったが「春は緊張しま…
「生意気だ」先輩差し置きベンチ入り 晒された“上下関係”…「一番ひどかった」|球界群像 紀藤真琴#3
広島時代にエース格として3年連続2桁勝利を挙げた右腕・紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)は1981年、中京高(現・中京大中京)に進学した。中京・杉浦藤文監督が「…
「逃げようかな」自宅に知らない車 猛烈勧誘に辟易…大先輩の誘いも蹴って選んだ道|球界群像 紀藤真琴#2
元広島、中日、楽天右腕の紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)は1978年、名古屋市立久方中学校の軟式野球部に入部した。当時の3年生エースはすでに高校球界から注目さ…
小学生で球速126キロ…プロも驚愕した“高校生超え” 確約されたNPB入り、怪物右腕の原点|球界群像 紀藤真琴#1
広島など3球団でプレーし、先発でもリリーフでも活躍した右腕が紀藤真琴氏だ。現在は釣り竿「マコトに恐縮です」の販売やイベント企画などを手がける株式会社EJフィールド(広島市西…
“遅かった”佐藤輝明の覚醒 通算215HR男が口にしていた課題…「意外とできてない」|球界群像 栗橋茂#26
元近鉄4番打者の栗橋茂氏は、近鉄・藤井寺駅近くでスナック「しゃむすん」を経営している。店がオープンしたのは現役時代で、近鉄が連勝すれば優勝だったロッテとのダブルヘッダー(川…
ホテル呼び出し→有無を言わさぬ“引退勧告” 泥酔し号泣「ああ、俺、辞めるんだ」|球界群像 栗橋茂#25
近鉄の伝説の4番打者・栗橋茂氏(藤井寺市・スナック「しゃむすん」経営)はプロ16年目の38歳、1989年シーズン限りで現役を引退した。自分から申し出たわけではない。3連勝4…
阪神からトレード打診も「じゃあ辞める」 幻に終わった移籍…近鉄主砲の“後悔”|球界群像 栗橋茂#24
元猛牛戦士の栗橋茂氏(藤井寺市・スナック「しゃむすん」経営)は近鉄一筋のプロ野球選手生活を送ったが、他球団への移籍の可能性が全くなかったわけではない。1988年シーズンから…
「お前がやれぇ!」指揮官にブチギレ絶叫 “一言”にカチン…悟ったレギュラー剥奪|球界群像 栗橋茂#23
豪打で野球ファンを沸かせた元近鉄の栗橋茂氏(藤井寺市・スナック「しゃむすん」経営)にとって痛恨だったのがプロ14年目、1987年4月16日の日本ハム戦(後楽園)での負傷だ。…
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