「いらねぇって言われた気分」 引き際を意識した無情な一撃…“演技”続けた男の終焉|球界群像 鹿島忠#12
最後は敵地・東京ドームでの巨人戦だった。元中日投手で野球評論家の鹿島忠氏はプロ14年目の1996年シーズン限りで現役を引退した。恩師である星野仙一監督の第2期政権の1年目だ…
「いらねぇって言われた気分」 引き際を意識した無情な一撃…“演技”続けた男の終焉|球界群像 鹿島忠#12
最後は敵地・東京ドームでの巨人戦だった。元中日投手で野球評論家の鹿島忠氏はプロ14年目の1996年シーズン限りで現役を引退した。恩師である星野仙一監督の第2期政権の1年目だ…
監督から「やめろ」 マウンドで“くちゃくちゃ”に抗議殺到…取り上げられた役作り|球界群像 鹿島忠#11
元中日投手で野球評論家の鹿島忠氏はプロ5年目の1987年シーズン途中にリリーフに完全転向したが、そこから1996年の引退までにたった1度だけ先発したことがある。阪神が亀山努…
抑えたのに激怒され“内角攻め” 吠える助っ人…「指令」から始まった歴史的大乱闘|球界群像 鹿島忠#10
異様なムードでの試合だった。もはや野球ではなかったといってもいいのかもしれない。元中日投手で野球評論家の鹿島忠氏は1990年5月24日の巨人戦(ナゴヤ球場)で巨人・ウォーレ…
ケンカ上等のハードな内角攻めに“待った” 「俺がやられる」…主砲から漏れた本音|球界群像 鹿島忠#9
“威嚇球”が通用しなかった。野球評論家の鹿島忠氏は、現役時代、厳しい内角攻めでも知られた中日の中継ぎ右腕だったが、どうにも相性が悪い選手もいた。阪神・岡田彰布内野手(現阪神…
球団フロントを一喝「給料を上げてやれ」 日陰の扱いが今や…闘将が変えた“救援”の評価|球界群像 鹿島忠#8
昔は中継ぎ投手の立場は決して良くなかった。中継ぎに回ると「降格」と言われるなど、先発、抑えよりも明らかに格下という感じだった。野球評論家の鹿島忠氏は元中日の中継ぎエース。だ…
怒りが生んだ“ケンカ投法” まさかの打撃投手指令で覚醒「ボールが行きだした」|球界群像 鹿島忠#7
野球評論家の鹿島忠氏は現役時代、中日の中継ぎ陣のエース格だった。当初は先発ローテーション投手としての活躍が期待されていたが、星野仙一氏が監督に就任したプロ5年目の1987年…
「後から活躍しやがって」 元指揮官もボヤいた恩返し…“冷遇”跳ねのけた完封劇|球界群像 鹿島忠#6
あの送球がなかったら……。元中日投手で野球評論家の鹿島忠氏は、プロ4年目の1986年8月28日の大洋戦(横浜)でプロ初完投、初完封勝利をマークした。被安打6、奪三振8の見事…
即戦力ドラ1のはずが…打撃投手で過ごす日々 登板ゼロの1年目「嫌われていたのかな」|球界群像 鹿島忠#5
屈辱のルーキーイヤーだった。元中日投手で野球評論家の鹿島忠氏はドラフト1位で中日入りした。社会人野球・鹿児島鉄道管理局から加入。即戦力右腕のはずが、1年目の1983年は1軍…
まさかのドラ1指名で「20番をください」 知らなかった“エース番号”…困惑のフロント|球界群像 鹿島忠#4
都市対抗も日本選手権にも出場できなかった。元中日投手で野球評論家の鹿島忠氏は鹿児島実から社会人野球・鹿児島鉄道管理局に進んだが、全国大会の舞台は無縁だった。プロに注目はされ…
堅実就職のはずが「手取り3万もなかった」 おにぎり代もツケ…元中日右腕の“金欠”時代|球界群像 鹿島忠#3
高校卒業時の進路は監督指令と安定した未来を考えて選択した。元中日投手で野球評論家の鹿島忠氏は、鹿児島実から社会人野球の日本国有鉄道鹿児島鉄道管理局に進んだ。高校時代にプロか…
忘れられない津田恒実の剛球「レベルが違う」 PL封じにつながった高2の“衝撃”|球界群像 鹿島忠#2
元中日投手で野球評論家の鹿島忠氏は鹿児島実時代、2年夏(1978年)と3年夏(1979年)に甲子園に出場した。いずれも初戦敗退に終わったが、本格派右腕としてプロに注目された…
ケンカ上等の内角攻め…「怖がらせる方が得だもん」 強面右腕に敵軍「あいつはやばい」|球界群像 鹿島忠#1
「第1期・星野中日」で中継ぎのエース格で活躍した。他球団から恐れられるほどの厳しい内角攻めで知られた。元中日投手で野球評論家の鹿島忠氏は、穏やかな笑顔で当時を振り返った。だ…
プロで生き延びる術になった50年の“習慣” 野球人生切り開いた担任教師の一言|球界群像 森脇浩司#7
現役時代は近鉄、広島、南海・ダイエーの3球団。指導者としてはダイエー・ソフトバンク、巨人、オリックス、中日、ロッテの5球団。まさに経験豊富な野球評論家の森脇浩司氏は兵庫・社…
親元離れてプロの道へ 「涙が出てしまう」…小さな寮部屋で見つけた母からの手紙|球界群像 森脇浩司#6
何かあれば母からの手紙を読み返した。元オリックス監督で野球評論家の森脇浩司氏は1979年シーズンに近鉄でプロ野球人生をスタートさせたが、決して順風満帆ではなかった。1年目、…
初1軍で「大エース」に連れて行かれた銀座 「パワー」になった偉大な先輩の言葉|球界群像 森脇浩司#5
偉大な先輩の存在がありがたかった。近鉄の大エースで通算317勝をあげた鈴木啓示氏と主力打者だった佐々木恭介氏。元オリックス監督で1978年ドラフト2位で近鉄に入団した森脇浩…
「キツネにつままれたような」ドラ2指名 悩んだ末の決め手は…兄からの“独り立ち”|球界群像 森脇浩司#4
プロ入りか、大学進学か、社会人入りか。元オリックス監督で、選手、コーチ時代を含めて7球団を経験した野球評論家の森脇浩司氏は1978年ドラフト会議で近鉄に2位指名されてからも…
兄は阪神・近本を指導した名将 教師目指した元オリ監督に訪れた岐路「なんで僕に…」|球界群像 森脇浩司#3
元オリックス監督で野球評論家の森脇浩司氏は1978年ドラフト会議で近鉄バファローズに2位指名されて、プロ野球の世界に飛び込んだ。もっとも兵庫県立社高時代は教師になることを第…
「威厳をかざすから、なめられる」 高校野球に飛び込んだ元オリ監督…貫く“対等目線”|球界群像 森脇浩司#2
「生徒に何ができるか、ということではなくて、向きあう生徒と何ができるかです」。福岡・沖学園のシニアディレクターを務める元オリックス監督で野球評論家の森脇浩司氏はこのことを大…
NPBで40年戦い続けた“名参謀”が挑む高校野球 心に刻む恩師の言葉「アマに学べ」|球界群像 森脇浩司#1
恩師の言葉を胸に……。元オリックス監督で、野球評論家の森脇浩司氏は2023年4月から福岡・沖学園のシニアディレクターを務めている。2022年シーズン限りでロッテのヘッド兼内…
かつての新人王が議員に転身 63歳で新たな挑戦…政治に生かす“カープ魂”|球界群像 川端順#21
「(米国選手に)憧れるのはやめましょう」。2023年3月のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)決勝、米国戦前のミーティングで野球日本代表「侍ジャパン」大谷翔平投手(…
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