屋台で飲み、就寝直前に「明日行くぞ」 連投お構いなし…呆然とした“予期せぬ通告”|球界群像 鈴木孝政#15
1982年、中日はセ・リーグを制覇し、日本シリーズでは広岡達朗監督率いる西武と激突した。その年のシーズン途中から、元中日投手の鈴木孝政氏(中日OB会長)は先発に転向したが、…
屋台で飲み、就寝直前に「明日行くぞ」 連投お構いなし…呆然とした“予期せぬ通告”|球界群像 鈴木孝政#15
1982年、中日はセ・リーグを制覇し、日本シリーズでは広岡達朗監督率いる西武と激突した。その年のシーズン途中から、元中日投手の鈴木孝政氏(中日OB会長)は先発に転向したが、…
悲劇からの変身に中畑清が文句「抜いたなぁ!」 たった88球の完封呼んだ“粘着質”の助言|球界群像 鈴木孝政#14
プロ10年目で“進化”した。「これがピッチングと思ったね」。元中日投手の鈴木孝政氏(中日OB会長)は、本格的な先発転向後の1982年7月1日の巨人戦(ナゴヤ球場)でプロ初完…
“抑え失格”の烙印押された逆転満塁弾 正念場で下された仰天指令「勇気がいったよ」|球界群像 鈴木孝政#13
野球人生のターニングポイントだった。元中日投手の鈴木孝政氏(中日OB会長)にとって大きな試合になったのがプロ10年目、1982年5月23日の大洋戦(宮城)だ。屈辱の逆転サヨ…
痛み止め多用で壊れた体「もう無理」 右肘酷使で登板も…失った首脳陣の信頼|球界群像 鈴木孝政#12
令和の今では考えられないペースで投げまくっていた。中日OB会長で野球評論家の鈴木孝政氏はプロ5年目の1977年、先発、リリーフ兼任で18勝9敗9セーブの成績を残した。最優秀…
「お前が取ったらいかん」 タイトル獲得も…まさかのクレームに謝罪「その通りです」|球界群像 鈴木孝政#11
巨人、阪神のエースとして活躍した小林繁氏に、中日OB会長で野球評論家の鈴木孝政氏は頭を下げたことがある。プロ4年目の1976年は60試合に登板し、7勝8敗26セーブで防御率…
無人のマウンド「行く気力なかった」 温和な指揮官が激変…「泣きべそかいた」続投劇|球界群像 鈴木孝政#10
中日の快速球投手・鈴木孝政氏(現中日OB会長)の名前が一層とどろいたのが1975年の3年目シーズンだ。シーズン序盤に抑えに回って、67登板で9勝8敗21セーブ。チームは2位…
ファン殺到で「腫れあがっちゃった」 国民的イベントの裏で…日本一逃した“悲劇”|球界群像 鈴木孝政#9
1974年シーズン、与那嶺要監督率いる中日は20年ぶり2度目の優勝を成し遂げ、巨人のV10を阻止した。応援歌「燃えよドラゴンズ!」も大ヒットした。しかし、日本シリーズは金田…
全国中継でマウンドへなぜか猛ダッシュ 目立ちまくったプロ初勝利…闘将との深い“縁”|球界群像 鈴木孝政#8
150キロを超える快速球で知られた元中日投手の鈴木孝政氏(中日OB会長)のプロ初勝利は1974年8月7日の巨人戦(中日球場)だった。1-3の6回から2番手で登板して3イニン…
パンツ一丁の“憧れの人”に大胆行動 「初めて胸毛を見た」押し掛けた巨人ロッカー|球界群像 鈴木孝政#7
子どもの頃から大の長嶋ファン。憧れの人とプロで対戦した時はまさに夢心地だった。現役時代は抑えでも先発でも活躍した元中日投手の鈴木孝政氏(中日OB会長)にとって、長嶋茂雄氏(…
目覚めるのが「怖かった」 実家で号泣「行きたくない」…ドラ1右腕が味わった挫折|球界群像 鈴木孝政#6
プロでの“地獄”を味わった。元中日投手で現OB会長の鈴木孝政氏は1973年、高卒ルーキーで開幕1軍切符をつかんだ。「高卒の投手で開幕1軍に入ったのは中日では俺から1人も出て…
進学予定から“心変わり”も…「なんだろう、この人」 予期せぬエースの英才教育|球界群像 鈴木孝政#5
1973年。プロ1年目の浜松キャンプではエース・星野仙一投手から練習パートナーに指名された。中日OB会長で野球評論家の鈴木孝政氏の現役生活は実質、そこから始まった。「ちょっ…
「飲みながらだもん」入団拒否を覆した“宴席交渉” まさかの来襲に「返事しちゃった」|球界群像 鈴木孝政#4
1972年11月21日、東京・日比谷日生会館で行われたプロ野球ドラフト会議で成東高の右腕・鈴木孝政投手は全体2番目で中日にドラフト1位指名された。当時は入札制ではなく、1球…
プロで大活躍も“死ぬまで後悔” ドラ1右腕の夢散る…忘れられぬ「止まったボール」|球界群像 鈴木孝政#3
甲子園に何としても行きたかった。中日OB会長で野球評論家の鈴木孝政氏は千葉・成東高時代からプロ注目の投手だった。甲子園に出場していれば、その名はさらにとどろいたに違いない。…
怪物・江川卓に「頭に来た」 登板回避に“怒り”の快投「どこから来たと思ってる」|球界群像 鈴木孝政#2
中日OB会長で野球評論家の鈴木孝政氏は1972年ドラフト1位で千葉・成東高から中日入りした。素材の良さは既に知られていたが、さらにプロから注目を集めたのは高校3年春の関東大…
スピードガン以前に非公式の「155キロ」 自慢は超爆肩…高校で驚きの“異常行動”|球界群像 鈴木孝政#1
うなる快速球。スピンの効いたスピードボールで打者をキリキリ舞いさせた元中日投手の鈴木孝政氏は、1970年代に非公式ながら球速155キロを計測した快速球投手だった。千葉県山武…
思い出すのは「強かった中日」 落合博満氏の許可得て大刷新…実現した“大学ドラゴンズ”|球界群像 近藤真市#15
東海地区大学野球連盟の岐阜県リーグに所属する岐阜聖徳学園大学硬式野球部のユニホームは2022年秋から、かつての落合ドラゴンズモデルに変わった。監督を務める元中日投手で、日本…
星野さんの闘争心と落合さんのオレ流を“融合” 伝説の左腕が大学球界に吹き込む新風|球界群像 近藤真市#14
元中日の伝説のノーヒッター・近藤真市氏は2022年2月に岐阜聖徳学園大学硬式野球部監督に就任した。中日の敏腕スカウトとして活動していたが、2021年末に退団し、新天地に飛び…
「こんな投手、なかなかいない」 “一本釣り”から2年で侍Jへ…担当スカウトの慧眼|球界群像 近藤真市#13
高橋宏斗投手、岡林勇希外野手、石川昂弥内野手。いずれも中日の未来を担う若竜選手たちだが、その担当スカウトだったのが近藤真市氏(岐阜聖徳学園大学硬式野球部監督)だ。2018年…
コーチ退任を決めた「一生の汚点」 監督に逆らえず…踏みにじった最高守護神の“矜持”|球界群像 近藤真市#12
元中日投手で野球評論家の岩瀬仁紀氏は、日本プロ野球の最多登板(1002試合)と通算セーブ数(407セーブ)の記録保持者だ。中日を逆指名し、1998年ドラフト2位でNTT東海…
批判された落合采配の“正解” 16年前に物議…元コーチが今でも後悔なき「決断」|球界群像 近藤真市#11
2007年、落合博満監督率いる中日は53年ぶり日本一に輝いた。レギュラーシーズン2位からクライマックスシリーズを勝ち上がり、日本ハムとの日本シリーズを4勝1敗で制した。11…
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