「これで終わりだな」激突で足の感覚失う“悪夢” 大怪我と向き合った5年目の試練|球界群像 山崎隆造#9
大アクシデントに見舞われた。元広島の山崎隆造氏は、あの日のことを忘れることはない。プロ5年目の1981年3月8日。場所は熊本・藤崎台球場だった。日本ハムとのオープン戦でレフ…
「これで終わりだな」激突で足の感覚失う“悪夢” 大怪我と向き合った5年目の試練|球界群像 山崎隆造#9
大アクシデントに見舞われた。元広島の山崎隆造氏は、あの日のことを忘れることはない。プロ5年目の1981年3月8日。場所は熊本・藤崎台球場だった。日本ハムとのオープン戦でレフ…
名将の隣で目撃した日本シリーズの“伝説” ド緊張の21球に「こんな場面では守れん」|球界群像 山崎隆造#8
走攻守3拍子揃った選手として広島で活躍した山崎隆造氏(野球評論家)は1979年、プロ3年目の夏に1軍に再昇格した。初出場の2年目は代走→牽制死の1試合だけの出番だったが、2…
ドラ1入団もキャンプで挫折「鼻であしらわれた」 レジェンドにビビって起きた“異変”|球界群像 山崎隆造#7
プロの壁にブチ当たった。ドラフト1位で崇徳から広島入りした山崎隆造氏(野球評論家)は1年目の1977年、春季キャンプこそ1軍に帯同したが、終盤に故障もあって2軍落ちとなった…
地元球団からドラ1指名も「絶対に行かせん」 父を激怒させた事実無根の“銭金”報道|球界群像 山崎隆造#6
進路は思わぬ展開で決まった。元広島で野球評論家の山崎隆造氏は1976年ドラフト会議で広島から1位指名された。崇徳(広島)では3年時に選抜で優勝し、夏の甲子園にも出場。そのチ…
男子校に女子高生が押し寄せ有頂天 選抜Vで人生一変…夏惜敗も涙なき気鋭チーム|球界群像 山崎隆造#5
1976年の選抜高校野球大会を制した崇徳(広島)は、その後も勝ち続けた。夏の広島大会も強さを見せつけて優勝し、甲子園に駒を進めた。目標は春夏連覇だ。主将だった山崎隆造氏(元…
歓喜の全国V直後…主将に待っていた“試練” 雨中の戦いが招いた不運「つらい1周」|球界群像 山崎隆造#4
憧れの甲子園で思う存分プレーした。元広島で野球評論家の山崎隆造氏は崇徳(広島)が1976年選抜大会優勝を成し遂げた時の主将で「1番・ショート」だった。念願かなった夢舞台。「…
ドラ1指名の前年に「もうやめます」 退部届を握りしめ…自信を失った高2の夏|球界群像 山崎隆造#3
1976年の第48回選抜高校野球大会で初出場初優勝を果たした崇徳(広島)の主将・山崎隆造氏(元広島、現野球評論家)は1年秋から主力選手だった。2年夏の広島大会は決勝で広島商…
甲子園制覇の前に起きた“計算外” 願書取り下げた高校が…「後悔した」進路選び|球界群像 山崎隆造#2
元広島で野球評論家の山崎隆造氏は1976年の第48回選抜高等学校野球大会を制した崇徳高校の主将だった。走攻守3拍子揃った「1番・遊撃手」として注目を集め、同年のドラフト会議…
指揮官の目が「怖かった」 レギュラー死守へ…飲み会も拒絶「友達が少なくなった」|球界群像 山崎隆造#1
広島東洋カープの背番号1は現在、空き番となっている。2019年から2021年まで鈴木誠也外野手(現カブス)がつけ、その前は前田智徳氏(現野球評論家)が1994年から2013…
「鳥谷と青木は違った」 世界で活躍する娘に…元広島戦士が伝授した“成功のコツ”|球界群像 比嘉寿光#14
2023年夏、広島編成部編成課長の比嘉寿光氏は慌ただしく各地を飛び回っている。編成のプロ担当になって9年目のシーズン。トレード、FA、現役ドラフトなどに備えて、他球団の選手…
「もう朝か」起きて来られない時も… 朝から晩まで“密着”で感じた監督業の重圧|球界群像 比嘉寿光#13
元広島内野手の比嘉寿光氏(現広島編成部編成課長)は現役引退後の2010年から2014年まで球団広報を務めた。カープ女子の火付け役としてチームを支え、2014年シーズンは野村…
「選手の見せ方を常に意識」カープ女子の火付け役…伝え続けた天才打者の“裏の顔”|球界群像 比嘉寿光#12
選手の“裏の顔”も……。早稲田大学からドラフト3位で広島に入団、2009年の現役引退後、広島の球団広報に転身した比嘉寿光氏(現広島編成部編成課長)は、カープ女子の火付け役と…
エースが嘆き、球場「ガラガラなんです」 イケメン売り出し大逆転…戦力外からの火付け役|球界群像 比嘉寿光#11
カープ女子ブームの火付け役になった。広島東洋カープ編成部編成課長の比嘉寿光氏は早大からドラフト3位で入団し、プロ6年目の2009年シーズン限りで現役を引退、職員として球団に…
6年目で光明も「遅かった」戦力外通告 初打席アーチも…取り戻せなかった狂った歯車|球界群像 比嘉寿光#10
デビュー戦では最高の結果を出した。早大からドラフト3位で広島入りした比嘉寿光氏(現広島編成部編成課長)は、プロ2年目の2005年シーズン終盤に1軍昇格を果たした。初出場は9…
思い返すだけで「ゾッとする」 知らなかった背番号「10」の重み…注がれた冷たい視線|球界群像 比嘉寿光#9
今でも思い出したらゾッとするという。広島東洋カープ編成部編成課長の比嘉寿光氏は、苦笑しながら“あの頃”を語った。2003年のドラフト3位で広島入りした時のことだ。「僕はあま…
12球団指名OKも…早大主将にあったプロ入りの“条件” ド緊張で迎えた「運命の日」|球界群像 比嘉寿光#8
2003年のドラフト会議で、早大の主将で4番打者だった比嘉寿光氏(現広島編成部編成課長)は広島から3位指名を受け、入団した。「うれしかったです。何か道が開けた感じで……」と…
無敵軍団のはずが「甘かったよな」 未来のプロがズラリも…早大最強打線にあった隙|球界群像 比嘉寿光#7
大学日本一には無縁だった。広島で編成部編成課長を務める比嘉寿光氏は早稲田大時代、3年(2002年)春から4年(2003年)秋まで東京六大学野球リーグ戦で4連覇を経験した。し…
天才・鳥谷が「野球部を辞める」で大混乱 名球会打者誕生の夜明け前「相当とがってた」|球界群像 比嘉寿光#6
早稲田大学野球部は東京六大学野球リーグ戦で2002年春秋、2003年春秋の4連覇を達成した。2003年秋は10戦全勝優勝も成し遂げた。いずれも部史上初の偉業だった。広島で編…
寮追い出される危機、同期とケンカも…早大黄金期を牽引、不仲4人衆が高めた“和”|球界群像 比嘉寿光#5
常に危機感を持っていた。沖縄尚学で1999年の選抜高校野球を制した比嘉寿光氏(現広島編成部編成課長)は2000年4月、早稲田大学に進学した。1年から4年まで一度もベンチ入り…
甲子園連覇逃した“慢心”「勘違いしだした」 試合前に勝利確信も…敵投手に出た愚痴|球界群像 比嘉寿光#4
鼻をへし折られた。1999年春の第71回選抜高等学校野球大会で沖縄県勢初の甲子園制覇を成し遂げた沖縄尚学だったが、大フィーバーの余波はしばらく続いた。一気に大スター扱いの“…
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