荒木雅博に「何かおかしい」 GG賞6度の礎も…元竜コーチが疑問視した“落合采配”|球界群像 正岡真二#9
元中日内野手の正岡真二氏は1987年から1998年までの12シーズン、指導者としてドラゴンズのユニホームを着た。1軍守備コーチ、2軍守備コーチ、さらには2軍監督も務めた。現…
荒木雅博に「何かおかしい」 GG賞6度の礎も…元竜コーチが疑問視した“落合采配”|球界群像 正岡真二#9
元中日内野手の正岡真二氏は1987年から1998年までの12シーズン、指導者としてドラゴンズのユニホームを着た。1軍守備コーチ、2軍守備コーチ、さらには2軍監督も務めた。現…
中日コーチ打診「できないですよ」 未経験なのに大抜擢…猛説得した新監督の“確信”|球界群像 正岡真二#8
闘将に口説かれた。元中日内野手の正岡真二氏(現・名古屋北リトルリーグ総監督)は1984年シーズン限りで17年間の現役生活にピリオドを打った。引退後は中日関連会社に勤務してい…
新監督からまさかの“引退差し戻し” 「やめたかったんだけどな」延びた現役生活|球界群像 正岡真二#7
元中日内野手の正岡真二氏(現・名古屋北リトルリーグ総監督)はプロ16年目の1983年、現役引退を決意した。高い守備力が売りだったが「その頃はもう、思うように体が動けなくなっ…
“宇野ヘディング事件”直後に起きた超絶美技 フィールドを全力疾走…知られざる献身|球界群像 正岡真二#6
中日・宇野勝内野手がショートフライを取り損ねて、おでこに当ててボールは転々。その間に1点を失い、ホームベース付近で星野仙一投手がグラブを地面に叩きつけて悔しがった。1981…
メジャーリーガーを真似て打撃開眼も…早すぎた見切りへの後悔「続ければよかった」|球界群像 正岡真二#5
1979年シーズン、セ・リーグ首位打者には打率.346で大洋のフェリックス・ミヤーン内野手が輝いた。メジャーリーグではブレーブスとメッツで活躍し、大洋には1978年から19…
Vパレードに参加できずも「うれしかった」 目に焼き付けた長嶋茂雄の引退セレモニー|球界群像 正岡真二#4
1974年、中日は20年ぶり2度目のリーグ優勝を成し遂げた。与那嶺要監督の下、チーム一丸となって巨人のV10を阻止した。元中日内野手の正岡真二氏は優勝を決めた10月12日の…
顔面直撃、捻挫、盲腸…名手襲った“負の連鎖” 転機は母のススメ「それがヒットだった」|球界群像 正岡真二#3
猛練習に明け暮れた。元中日の名手、正岡真二氏は今治南からドラフト4位でプロ入りし、1968年のプロ1年目から徹底的に鍛えられた。「2軍では1時間くらいノックした後に試合だか…
プロ野球に無関心も「お金に飛びついた」 予期せぬ“誘い”に即断…契約金は「全部渡した」|球界群像 正岡真二#2
プロ野球が12球団あることも知らなかった。元中日の名手、正岡真二氏は1967年ドラフト4位で指名された。今治南で甲子園に出場し、高校日本選抜メンバーにも入った将来性十分の遊…
鬼の1000本ノックは「ぶっ倒れるまで」 ヒョロヒョロ“鉛筆”が掴んだ悲願の聖地|球界群像 正岡真二#1
元中日の正岡真二氏は現役時代、華麗な守備が有名だった。ショートでの守備力は今治南時代から知られる存在で、1967年の高校3年夏は甲子園に出場。2回戦敗退ながら、高校日本選抜…
立浪監督に必要な“参謀”「友達同士は駄目」 OB危惧…このままなら「3年連続最下位」
立浪和義監督率いる中日は2022年、2023年と2年連続セ・リーグ最下位に沈んだ。そんなドラゴンズをOBの正岡真二氏も歯がゆい思いで見つめている。現役時代は内野守備のスペシ…
監督の“待った”で実施されなかった引退試合 始球式で幕…悔し涙で終わった現役生活|球界群像 野田浩司#13
悔し涙で幕を閉じた。阪神とオリックスで活躍した野田浩司氏(野球評論家)はプロ13年目の2000年シーズン限りで現役引退した。通算成績は316試合、89勝87敗9セーブ、防御…
FA残留も…急転した野球人生「余計おかしく」 狂った歯車、翻弄された残酷な最後の白星|球界群像 野田浩司#12
言わずにはいられなかった。野球評論家の野田浩司氏はオリックス時代の1997年シーズン、仰木彬監督の采配について直接抗議したことがあった。「同点で代えられることが何回も続いて…
「何で代えるんや」続投志願も…首脳陣の“食い違い” 失意にまみれた不滅の記録|球界群像 野田浩司#11
がんばろうKOBE。1995年シーズン、仰木彬監督率いるオリックスはリーグ優勝を成し遂げた。1月17日に阪神・淡路大震災が発生。当時オリックス投手だった野田浩司氏(野球評論…
コンビニ新設、自腹の酒が「ナンボでも」 待遇が劇的改善…絶大だった“イチロー効果”|球界群像 野田浩司#10
野田浩司氏(野球評論家)が阪神からオリックスに移籍して2年目の1994年シーズン、仰木彬監督の下で開幕前に登録名を「鈴木」から「イチロー」に変更したプロ3年目の若武者が、大…
阪神から移籍「パ・リーグなめとんのか!」 コーチ激怒→やけくそが導いた“転機”|球界群像 野田浩司#9
ちょっとしたカルチャーショックだった。1992年オフ、阪神・野田浩司投手(現・野球評論家)は、松永浩美内野手との1対1の交換トレードでオリックスに移籍した。新天地での生活は…
「お前なんか構想に入ってない」 “恩師”との関係に亀裂も…監督は手紙で「もう帰ってこい」|球界群像 野田浩司#8
1992年シーズン、中村勝広監督率いる阪神は、若手の亀山努氏、新庄剛志氏の台頭による“亀新フィーバー”で大いに盛り上がった。最終的には巨人と同率の2位タイに終わったものの、…
「やる気がないなら辞めろ」 恩人と衝突した虎右腕…150球完投翌日のブルペン指令に反発|球界群像 野田浩司#7
元阪神、オリックス投手で野球評論家の野田浩司氏にとって、自身の基礎を築いてくれた恩人は阪神時代の投手コーチだった大石清氏だ。「手取り足取り、教え込まれました」。決して関係が…
披露宴で背番号「18」伝達も…前任者同席で「僕は複雑」 “宝刀”会得で開けたプロ人生|球界群像 野田浩司#6
伝家の宝刀はメジャーコーチ仕込みだった。野球評論家の野田浩司氏は現役時代に阪神、オリックスで活躍した。代名詞はフォークボールで、1試合19奪三振の日本記録保持者でもあるが、…
プロ初登板でまさかの“大失敗” リリーフカーで登場も…押してはいけなかったボタン|球界群像 野田浩司#5
いきなりフル回転だった。九州産交からドラフト1位で阪神に入団した野田浩司投手(現・野球評論家)はプロ1年目の1988年、先発もリリーフもどちらもこなして規定投球回に到達した…
同級生との仲に亀裂…「ラクダにも乗せられた」異常注目度 ドラ1がうんざりした“過熱報道”|球界群像 野田浩司#4
1987年ドラフト1位で阪神に入団した野田浩司氏(現・野球評論家)は、初めての関西生活プラス異常なほどの“虎フィーバー”ぶりに戸惑いの連続だった。休日には“ラクダ”、メディ…
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