1年後輩の“スター”を「ひがんでいた」 念願の昇格も補充要員…喜びむなしい初HR|球界群像 彦野利勝#6
発奮材料は後輩の1軍昇格だった。1982年ドラフト5位で愛知高から中日入りした彦野利勝外野手(現野球評論家)はプロ1年目(1983年)も2年目(1984年)も1軍出場はなか…
1年後輩の“スター”を「ひがんでいた」 念願の昇格も補充要員…喜びむなしい初HR|球界群像 彦野利勝#6
発奮材料は後輩の1軍昇格だった。1982年ドラフト5位で愛知高から中日入りした彦野利勝外野手(現野球評論家)はプロ1年目(1983年)も2年目(1984年)も1軍出場はなか…
中日の練習を見て「楽勝だと」 即2軍落ち…プロをなめた18歳が思い知らされた現実|球界群像 彦野利勝#5
プロの第1歩はまさかのポジションからだった。元中日で野球評論家の彦野利勝氏は現役時代、強肩、強打の外野手として1988年のリーグ優勝などに貢献した。愛知高時代はエースで3番…
破られた口約束…中日5位指名に「カチンときた」 幻となった巨人入り「行きたかった」|球界群像 彦野利勝#4
野球評論家の彦野利勝氏は1982年ドラフト会議で中日に5位指名されてプロ入りした。愛知高2年(1981年)秋からはエースで3番打者。プロ注目の選手だったが、3年春の第54回…
監督絶望、先輩から苦情…死球連発で「外野に行け」 プロへ導いた“失格の烙印”|球界群像 彦野利勝#3
槙原寛己氏(元巨人)と工藤公康氏(元西武など)。元中日外野手で野球評論家の彦野利勝氏にとって、1学年上の2人は高校時代の思い出深い投手だ。いずれとも愛知県大会で何度か対戦。…
特待生を辞退した「バカみたいな話」 プロ入りに導いたワガママ“アリスと愛知”|球界群像 彦野利勝#2
元中日外野手で野球評論家の彦野利勝氏は昔から「冬の稲妻」「チャンピオン」などで知られる「アリス」の大ファンだ。「ファンクラブにも入っていました」。実はこのことが野球人生にも…
中日に目もくれず「どっちが強いと思ってるの」 友人に痛烈一言…名古屋で貫いた巨人愛|球界群像 彦野利勝#1
1988年、星野仙一監督率いる中日はリーグ優勝を成し遂げた。10月7日のヤクルト戦(ナゴヤ球場)に11-3で大勝して決めたが、その試合で先頭打者本塁打を放つなど強打強肩の「…
中日投手陣への“同情論”に苦言 自ら招いた無援護…元エースが喝「真に受けたら駄目」|球界群像 今中慎二#16
元中日左腕の今中慎二氏は2012年から2シーズン、古巣ドラゴンズの投手コーチを務めた。高木守道監督の下で、1年目は2軍、2年目は1軍で後輩たちを指導。その間に左腕・大野雄大…
復活に苦心も「来年は契約できない」 肩は限界、阪神の誘い断念…選んだ“中日一筋”|球界群像 今中慎二#15
野球人生が暗転した。元中日投手で野球評論家の今中慎二氏は2001年11月10日に現役引退を発表した。「長い間、ドラゴンズにはお世話になり、いろいろとご迷惑をおかけしましたが…
故障隠して登板も「真面目に投げろ」 つらかった痛烈野次…球速出ない異変に「嘘でしょ」|球界群像 今中慎二#14
闘将・星野仙一監督が中日監督として帰ってきたのは1996年シーズン。元中日投手で野球評論家の今中慎二氏はその時、プロ8年目で4年連続開幕投手を務めた。第1期政権の最終年(1…
“イタズラ電話”で起こされた悪夢の1日 「記憶が飛んだ」冷静さ失った心理戦|球界群像 今中慎二#13
中日と巨人がシーズン最終戦で激突して優勝が決まった「10・8」。1994年シーズンは、巨人・長嶋茂雄監督が「国民的行事」と呼んだ戦いが日本中で大いに話題となった。元中日投手…
渋々の2日連続先発も…降板指令に怒り 曲がったスパイクの刃「初めて暴れた」|球界群像 今中慎二#12
1994年10月8日、69勝60敗で同率首位に並ぶ中日と巨人の130試合目最終決戦が、ナゴヤ球場で行われた。勝った方が優勝。巨人・長嶋茂雄監督が「国民的行事」と呼んだ試合は…
巨人へのトラウマ払拭して覚醒 不安は「全くなかった」…左腕に“神”が降りた1年|球界群像 今中慎二#11
最多勝、最多奪三振、沢村賞、ベストナイン、ゴールデン・グラブ賞……。元中日投手で野球評論家の今中慎二氏はプロ5年目の1993年、すさまじい活躍を見せた。31登板で17勝7敗…
「投げた瞬間あっ」骨折が生んだ“伝説の魔球” すっぽ抜けのはずが…自分も驚く軌道|球界群像 今中慎二#10
まさに“怪我の功名”だった。元中日左腕で野球評論家の今中慎二氏はプロ4年目の1992年、4月19日の巨人戦(ナゴヤ球場)でゴロの打球を左手首に当てて負傷した。左手の豆状骨骨…
完封したのに指揮官ブチギレ 「なんでそんなに怒る」嬉しかったコーチの“猛反論”|球界群像 今中慎二#9
プロ3年目も2桁勝利をマークした。元中日エースで野球評論家の今中慎二氏は1991年に36登板、12勝13敗、防御率2.52の成績を残した。前年成績(10勝6敗1セーブ、防御…
提出した反省文がゴミ箱“直行” 降板後にこもったトイレ…恐怖に震えた指揮官の激怒|球界群像 今中慎二#8
元中日投手で野球評論家の今中慎二氏は現役時代、星野仙一監督の熱い指導を受けた。怒られるのは当たり前。とにかく野球に関しては一切気が抜けなかった。それは技術面だけではない。プ…
19歳に飛んだ鉄拳「バシっときた」 怯える先輩投手たち…“恐怖”の中日ベンチ裏|球界群像 今中慎二#7
元中日左腕で野球評論家の今中慎二氏は高卒2年目の1990年シーズンで早くも10勝をマークした。1勝4敗に終わった1年目からの大躍進となったが「正直、2桁の価値がよくわからな…
指揮官激怒で干され…念願の降格も「誰も来ない」 忘れもしない指に塗った瞬間接着剤|球界群像 今中慎二#6
激怒されての1勝目だった。大阪桐蔭からドラフト1位で中日入りした今中慎二投手(現野球評論家)は、1年目の1989年9月17日の広島戦(ナゴヤ球場)でプロ初勝利をマークした。…
17歳ドラ1の大胆すぎる“入寮拒否” 「正月明けで行きたくない」中日を欺いた計略|球界群像 今中慎二#5
1989年1月、星野中日注目のドラフト1位ルーキー・今中慎二投手(現野球評論家)はなかなか名古屋入りしなかった。他のルーキーたちが入寮し、新人合同自主トレをスタートさせても…
中日以外なら拒否…失言にスカウト激怒 大阪桐蔭の17歳、ドラ1指名の裏で“ひと悶着”|球界群像 今中慎二#4
元中日投手の今中慎二氏(野球評論家)は1988年のドラフト1位でプロ入りした。当初は進路にプロはなかった。大産大付大東校舎2年までは大学進学を覚悟していた。「亜細亜大学に行…
客前での“懲罰”「今だったらあり得ない」 攻撃中ずっとウサギ飛びの鬼指令|球界群像 今中慎二#3
ハンパじゃない厳しさだった。元中日投手で野球評論家の今中慎二氏は大産大付大東校舎(現大阪桐蔭)時代、山本泰監督に徹底的に鍛えられた。1978年夏にPL学園を全国制覇に導いた…
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