野球経験“生きる”仕事と“不向きな”仕事 強豪校元主将が痛感した「適材適所」の重み

野球経験者に特化した人材紹介会社を立ち上げた水本弦氏【写真:伊藤賢汰】
野球経験者に特化した人材紹介会社を立ち上げた水本弦氏【写真:伊藤賢汰】

大阪桐蔭元主将・水本弦さんは大学でプロ断念も…「起業する夢」実現

 野球に長年打ち込んできたからこそ、向いている仕事がある。アマチュア野球界の王道を歩んできた元大阪桐蔭高の主将・水本弦さんは、野球経験者に特化した人材紹介会社の経営を第2の人生に選んだ。社会人まで野球を続けたキャリアから、野球が生きる仕事と不向きな仕事を痛感したという。

 小学校2年生で野球を始めた水本さんは、野球エリートと呼ぶにふさわしい経歴を重ねてきた。2012年に大阪桐蔭の主将として、甲子園春夏連覇を果たした。亜大では1年春から外野の一角を担い、新人賞とベストナインを受賞。在学中は2度の日本一を成し遂げている。その後は社会人野球の強豪・東邦ガスで2021年まで現役を続けた。

 水本さんのキャリアを見れば、プロを目指して野球を続けてきたと感じるだろう。だが、大学2年になる頃にはプロへの意識がなくなっていた。理由は日米大学野球の日本代表だった。当時、1年生で唯一選出された水本さんはともに日の丸を背負う先輩で、後に日本を代表する打者となるレッドソックス・吉田正尚外野手やソフトバンク・山川穂高内野手の打撃を見て、自身との力の差を感じたという。

「プロに行ける選手のレベルを知りました。プロ野球を観ても、客観的に自分の力では厳しいと思いました。外野手としてプロで長く活躍するには打力はもちろん、走力や守備力も問われます。自分は足が速い方ではなかったので、仮にプロ入りできたとしても長く活躍するのは難しいと考えました」

 亜大では教員免許を取得した水本さんだったが、起業する目標を持っていた。野球は大学で区切りをつけ、卒業後は会社経営に必要な知識や技術を身に付けるため、野球をしていない学生と同じように就職活動するつもりだった。ただ、野球中心の生活を送っていたら、十分な就職活動はできない。「野球をセーブして就職活動に注力した方が良いのではないか」。悩んだ水本さんは大阪桐蔭時代の恩師、西谷浩一監督に相談した。

「西谷先生からは『社会人野球を経験して起業する人は少ない。人と違う経験をした方が社会で生きてくるはず』とアドバイスを受けました。その言葉もあって、社会人野球を目指そうと決めました」

東邦ガスで野球を続けながら営業職…生きた野球の経験

 社会人の強豪から声をかけてもらえるように、水本さんは野球に打ち込んだ。大阪桐蔭時代に続いて、亜大でも主将を務めてチームをけん引した。当時監督だった生田勉さんのサポートを受け、卒業後は東邦ガスに入社した。

 東邦ガスでは営業部に所属し、硬式野球部で活動した。シーズン中は午前が仕事で午後から練習。シーズンオフは朝から夕方まで営業マンとして外回りしていた。若手社員のハードルとなる飛び込み営業も多かったが、水本さんには楽しむ余裕があった。契約も取っていたという。営業に生きたのは野球の経験だった。

「高校と大学で主将をしていたこともあって、チームメートの表情や動きを見て気持ちを想像したり、監督が求めていることを考えたりする習慣がついていました。飛び込み営業は、最初は警戒心があるお客さんに対して、どんな言葉や声のトーンで安心させるのか考えます。提案や説明の中でも、相手が価格を最優先にしているのか、金額よりも性能やメンテナンスを重視するのかなど会話からくみ取っていくので、野球と共通する部分がありました」

 水本さんは野球の経験が営業に生きると手応えを感じた。一方、野球に打ち込んできたキャリアの“限界”を知る経験もしていた。度重なる怪我の影響で2021年にユニホームを脱いだ水本さんは1年半、社業に専念した。配属されたのはガス管の工事を手配したり、施工を管理したりする部署だった。活躍していたのは工業高校出身者や理系の大学出身者。野球中心の人生を歩んできた水本さんは、力になれないもどかしさに苦しんだ。

「ガス管の工事は法に則って進めていきます。一歩間違えば大きな事故につながりかねません。どんな仕事なのか、どうすれば会社の戦力なれるのかイメージできた営業職とは違いました。入社するまでのバックボーンで人材が生きる場所は決まってくると痛感しました」

 野球に人一倍時間をかけてきた人と、高校や大学で仕事に生きる専門知識を学んできた人が同じ土俵で戦うのは難しい。営業と設備、2つの部署を経験したことで水本さんは適材適所の重要性を知った。そして、野球で培った能力を生かせる職種をしぼり、野球経験者と企業のニーズを組み合わせれば、双方が幸せになると考えた。

現在は小・中学生を対象にした野球塾の塾長も務めている【写真:本人提供】
現在は小・中学生を対象にした野球塾の塾長も務めている【写真:本人提供】

個々にふさわしい土俵で…野球経験者に特化しての人材紹介

 水本さんは6月に東邦ガスを退社し、企業に人材を紹介する会社を立ち上げた。紹介するのは野球経験者に特化している。会社名の「リングマッチ」には、個々にふさわしい土俵(リング)で人材をマッチングさせる思いが込められている。水本さんが語る。

「大学まで野球に打ち込んできた人は、勉強や就職活動の時間が限られてしまう面があります。一方で人一倍熱心に野球と向き合ってきたからこそ、強みになる部分もあります。野球経験者を必要とする企業も全国各地にあるので、両者をつなぐ役割を担いたいと思っています」

 水本さんのようにトップレベルの大学で活躍していた選手は、社会人野球を続ける道がある。しかし、大半の選手、特に地方のリーグでプレーする選手は大学4年の秋までリーグ戦に出場しながら、就職活動しなければならない。中には、就職試験の面接を受けてから、試合に出ている選手もいる。

 企業側は体力や活力、チームワークやチーム戦略に長けた野球人を求めているところもある。中でも、営業と企画の業務に野球の経験が生きると考えている企業が多いという。

 水本さんは「企画担当者は、何度もやり直しを求められて心が折れてしまうケースが少なくないそうです。営業も断られることが多いです。失敗を繰り返しながら成功する方法を探す野球の経験が生きてきます」と説明する。打率3割が好打者の目安とされ、“失敗のスポーツ”と言われる野球を続けてきた人は、失敗を力に変えるスキルを持っている。

 野球にポジションの適性があるように、仕事にも適材適所がある。野球に打ち込むことで得る武器と弱点の両面を知る水本さんは、野球経験者が社会で活躍できる舞台をつくっている。

(間淳 / Jun Aida)

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