偶然が生んだ新球で年間“22勝”「それは無理無理…」 きっかけは最強捕手の言葉|球界群像 上田二朗#15
元阪神アンダースロー右腕で、NPB通算92勝を挙げた上田二朗氏(野球評論家)は4年目の1973年に22勝をマークした。それまでの3年間は9勝、1勝、9勝だったが、大ジャンプ…
偶然が生んだ新球で年間“22勝”「それは無理無理…」 きっかけは最強捕手の言葉|球界群像 上田二朗#15
元阪神アンダースロー右腕で、NPB通算92勝を挙げた上田二朗氏(野球評論家)は4年目の1973年に22勝をマークした。それまでの3年間は9勝、1勝、9勝だったが、大ジャンプ…
阪神監督から“引っ越し指令”「来い!」 ド緊張の同伴通勤…厳しかった同僚の視線|球界群像 上田二朗#14
1969年阪神ドラフト1位でNPB通算92勝を挙げた上田二朗氏(野球評論家)は、プロ3年目の1972年5月9日の大洋戦(甲子園)で“リリーフ完封勝利”を成し遂げた。初回無死…
ドラ1入団→前半戦7勝も「丸裸にされた」 球宴中に巨人捕手から“呼び出し”「受けてやる」|球界群像 上田二朗#13
巨人の正捕手に丸裸にされた? 元阪神のアンダースロー右腕・上田二朗氏(野球評論家)はプロ1年目の1970年に27登板、9勝8敗、防御率3.00の成績を残した。2桁勝利に届か…
ドラ1入団も「口で言えないようなつらさ」 思わぬ“洗礼”…阪神右腕が抱えた苦悩|球界群像 上田二朗#12
屈辱からのスタートだった。1969年ドラフト1位で阪神に入団した右腕・上田二朗氏(野球評論家)はプロ1年目(1970年)の高知・安芸キャンプでいきなり悔しい思いをした。「“…
“上から目線”の同期「見下ろされている」 ラジオで増幅した中日ドラ1への敵対心|球界群像 上田二朗#11
阪神、南海で通算92勝を挙げ、現在は野球評論家を務める上田二朗氏は1969年ドラフト会議で阪神に1位指名され、東海大出身では初のプロ野球選手になった。出身地・和歌山の社会人…
「学生にあるまじき発言だ!」大学総長が激怒…エースに託された日本一の約束|球界群像 上田二朗#10
元阪神、南海右腕の上田二朗氏(野球評論家)は1969年、東海大4年の時にエースとして全日本大学野球選手権初制覇に大貢献した。前年(1968年)の明治維新百年記念明治神宮大会…
18歳の江夏に“絶望”「来るのはやめてくれ」 阪神元ドラ1が受けた衝撃「私の出る枠が」|球界群像 上田二朗#9
あの頃から凄かった……。NPB通算92勝のアンダースロー右腕・上田二朗氏(野球評論家)は阪神時代、江夏豊投手との両輪で大活躍したが、1歳年下の左腕とは東海大学時代にも“接点…
「天井に全部貼れ」監督から仰天指令 阪神ドラ1の覚醒呼んだ“レジェンド右腕”の写真|球界群像 上田二朗#8
徹底的に真似した。1973年に阪神で22勝を挙げた上田二朗氏(野球評論家)は1966年の東海大進学後、メキメキと力をつけていった。和歌山・南部高2年夏(1964年)から取り…
入寮日にまさかの難題「全部投げさせる」 緊迫の監督室…阪神ドラ1が忘れぬ“開幕投手”|球界群像 上田二朗#7
阪神の伝説のアンダースロー・上田二朗氏(野球評論家)は東海大1年(1966年)春の首都大学リーグで開幕投手を務め、完投勝利を飾った。1年生右腕の鮮烈デビューだったが、実は入…
名門大から勧誘も拒否「やめてください」 優先した“運命の出会い”…阪神ドラ1の分岐点|球界群像 上田二朗#6
阪神のレジェンド右腕・上田二朗氏(野球評論家)は1966年、東海大に進学した。大学時代にプロから注目される投手に大きく成長していくのだが、そもそも1965年、南部高3年夏の…
日常生活も困難…我慢の投球も「痛けりゃやめろ」 監督の“非情通告”にこぼれた涙|球界群像 上田二朗#5
何をするのも痛かった。阪神時代の1973年に22勝を挙げた伝説のアンダースロー・上田二朗氏(野球評論家)は、和歌山・南部高2年の1964年夏過ぎに上手投げから変えた。南部・…
連日40度超えの高熱…医師から「厳しいよ」 元阪神右腕が直面した“危機”「命だけは」|球界群像 上田二朗#4
元阪神、南海の名投手・上田二朗氏(野球評論家)は和歌山・南部高時代に大病を患った。1964年1月、高校1年の冬に体に異変が生じた。髄膜炎になり「1週間くらい40度超えの熱が…
志願の強豪校入学も「金魚のフンだった」 阪神レジェンドが苦しんだ「No.2」の現実|球界群像 上田二朗#3
華麗なアンダスローとしてNPB通算92勝を挙げた、阪神レジェンドの上田二朗氏(野球評論家)は1963年、和歌山・南部高に進学した。「その頃、和歌山で一番野球が強かった学校だ…
元阪神ドラ1を変えた挫折 同級生が15歳でプロ入り…屈辱の手伝い「涙がボロボロ」|球界群像 上田二朗#2
下手投げ投手として阪神、南海で通算92勝を挙げた上田二朗氏(野球評論家)は和歌山・田辺市立明洋中学から本格的に野球をはじめた。同級生に15歳でプロ野球・大洋入りする強烈な競…
元阪神右腕を育んだ“異種競技”「ガリガリだった」 年間22勝…レジェンドの原点|球界群像 上田二朗#1
阪神で大活躍した伝説のアンダースロー投手が上田二朗氏(野球評論家)だ。東海大から1969年ドラフト1位でタイガースに入団。プロ1年目から頭角を現し、4年目の1973年には2…
「ビジターに燃える選手が出てきてほしい」 元MVP左腕が中日に期待する巻き返しの“条件”|球界群像 野口茂樹#21
中日時代の1999年、セ・リーグMVPに輝いた野口茂樹氏は現役引退を正式に表明していない。「まぁ自然消滅ですね」と言い、現在は株式会社カミヤ電機(愛知県西尾市)の営業担当兼…
巨人戦力外→米挑戦 “内定”は直前で白紙…37歳の無念、2度の自費手術も「遅かった」|球界群像 野口茂樹#20
元中日、巨人左腕の野口茂樹氏はプロ16年目(2008年)のオフにメジャーリーグに挑戦した。2005年オフにFAで巨人に移籍したが、左肘痛に苦しみ、移籍3年目のその年に戦力外…
巨人へFA移籍も慣れぬ環境 痛み止め多用も“壊れた体”…待っていた大減俸|球界群像 野口茂樹#19
元中日投手の野口茂樹氏はプロ14年目の2006年、新天地・巨人で巻き返しを狙った。1999年に19勝を挙げ、中日優勝に大貢献したセ・リーグMVP左腕も2004年4勝、200…
波長が合わない落合野球、元MVPが陥った苦境 “謝罪電話”で阪神断り…巨人選んだ理由|球界群像 野口茂樹#18
2005年オフ、中日・野口茂樹投手はFA権を行使して巨人に移籍した。中日が優勝した1999年には19勝を挙げてセ・リーグMVPに輝くなどエース格として活躍していたが、落合博…
試合中に強制送還の屈辱 コーチに告げられ唖然…戸惑った“MVP左腕の扱い”|球界群像 野口茂樹#17
中日は2004年、5年ぶりのセ・リーグ優勝を飾った。この年から“3冠、オレ流男”で中日OBでもある落合博満氏が指揮を執り、監督就任1年目で目標を成し遂げた。だが、前回優勝の…
KEYWORD