21歳でWBC出場も「楽しめなかった」 名投手から“お墨付きも”…直面した苦悩|球界群像 今村猛#13
元広島救援右腕の今村猛氏は、2013年の第3回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に当時の侍ジャパン最年少の21歳で出場した。2012年のプロ3年目に広島のセットア…
21歳でWBC出場も「楽しめなかった」 名投手から“お墨付きも”…直面した苦悩|球界群像 今村猛#13
元広島救援右腕の今村猛氏は、2013年の第3回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に当時の侍ジャパン最年少の21歳で出場した。2012年のプロ3年目に広島のセットア…
球団記録生んだ“仰天”のルーティン 高卒3年目で迎えた絶頂期「しんどくても続けた」|球界群像 今村猛#12
広島の名リリーバーだった今村猛氏は12年間のプロ生活の中で、3年目の2012年を「一番いい年だった」と振り返る。69登板で2勝2敗4セーブ26ホールド、防御率1.89。5月…
焦りで狂った手元…担架で運ばれる大先輩 よぎる残像、20歳ドラ1が抱えた“悪夢”|球界群像 今村猛#11
広島でリリーフ投手として活躍した今村猛氏は、プロ2年目だった2011年8月7日の巨人戦(マツダ)での出来事を忘れられずに野球人生を歩んできたという。長野久義外野手への頭部死…
首脳陣のミスで…投手なのに「お前、DHだぞ」 耳を疑った“珍事件”「マジだったんです」|球界群像 今村猛#10
元広島でNPB通算115ホールドをマークした今村猛氏にとって、プロ2年目の2011年はいろんなことを経験したシーズンだった。4月16日の巨人戦(マツダ)で待望のプロ初勝利を…
甲子園V→防御率15点台 あがらない球審の手「きつかった」…プロで感じた“恐怖”|球界群像 今村猛#9
デビュー戦は先発して2回5失点だった。2009年選抜大会優勝投手で、元広島右腕の今村猛氏はプロ1年目の2010年8月18日のヤクルト戦(マツダ)で1軍初登板を果たした。だが…
右肩負傷で呼吸すら“困難” 18歳ドラ1がプロ入り後に感じた洗礼「どうしよう」|球界群像 今村猛#8
元広島投手で通算115ホールドをマークし、現在はパーソナルトレーニング専門ジム「R-GYM」(広島市中区)のオーナーでもある今村猛氏は2010年のプロ1年目キャンプを1軍で…
プロ入りか家業を継ぐか…選抜V右腕が迎えた岐路 起きた“計算外”の出来事「これが社会か」|球界群像 今村猛#7
プロか、野球を辞めるか。2009年ドラフト会議で広島に1位指名された今村猛氏は長崎・清峰高からの次なる進路は、この2択と決めていたという。もともとは家業の「今村水産」を継ぐ…
選抜優勝も…感じた異変「しんどすぎて」 “包囲網”にすり減る神経「負けるかも」|球界群像 今村猛#6
最後の夏は不完全燃焼だった。元広島右腕の今村猛氏は長崎・清峰高3年の2009年選抜大会で優勝。甲子園春夏連覇を目指したが、夏の長崎大会は準々決勝で敗れた。のちにカープで僚友…
「体が重いなぁ」→甲子園無双でドラ1 長崎の公立校に現れた“怪物”「負ける気しない」|球界群像 今村猛#5
広島で“勝利の方程式”の一翼を担ったリリーフ右腕・今村猛氏は2009年選抜大会で清峰高のエースとして大活躍し、長崎県勢初の甲子園制覇を成し遂げた。1回戦から決勝までの全5試…
甲子園出場も「緊張はなかった」 冬に味わった“地獄”の日々「足がつっても」|球界群像 今村猛#4
元広島右腕の今村猛氏は長崎・清峰高に進学し、大きく飛躍した。球速は大幅アップ。2007年の高校1年秋には140キロ台のストレートを投げ、3年の2009年夏前には150キロも…
「高校で野球辞めます」→甲子園V 進路は“家業一択”も…想像できなかったドラ1指名|球界群像 今村猛#3
現役時代を広島一筋でプレーし、通算115ホールドを挙げた今村猛氏は2007年、長崎県立清峰高に進学した。2003年4月に校名を「北松南(ほくしょうみなみ)」から「清峰」に変…
MLB挑戦直前の“英雄”に死球 「痛くないだろう」も、まさかの展開…プロに繋がった縁|球界群像 今村猛#2
広島でリリーフ右腕として大活躍した今村猛氏は、長崎・佐世保の小佐々(こさざ)中2年冬に同郷の城島健司捕手(当時マリナーズ、現ソフトバンク・チーフ・ベースボール・オフィサー)…
野球よりサッカー…小3で迎えた“転機“ ドラ1右腕の運命を変えた祖母の言葉|球界群像 今村猛#1
ポーカーフェイスで黙々と投げ続けた仕事人、広島で中継ぎ、抑えでも活躍した右腕が今村猛氏だ。2021年に30歳でユニホームを脱ぎ、現在はパーソナルトレーニング専門ジム「R―G…
理由は「僕を見てくれない」 練習中断に衝撃「ちょっと待って」…阪神コーチが得た教訓|球界群像 上田二朗#22
NPB通算92勝右腕の上田二朗氏は、2012年1月1日付で阪神球団を退団した。1969年ドラフト1位で東海大から阪神入り。1979年オフに南海に移籍したが、1982年途中に…
阪神右腕が悟った終焉の時 “侮り”が生んだ絶望、相手に伝えた「お前のせいで辞めたんや」|球界群像 上田二朗#21
1973年に年間22勝をマークした伝説のアンダースロー、上田二朗氏(野球評論家)はプロ13年目の1982年に現役を引退した。シーズン途中の6月に南海から阪神に復帰したが、8…
“因縁の監督”に聞いた冷遇の真相 阪神退団も…またも共闘「考えられません」|球界群像 上田二朗#20
まさかだった。NPB通算92勝のアンダースロー右腕・上田二朗氏(野球評論家)は1979年、ドン・ブレイザー監督体制の阪神で出番激減もあって、オフに南海へ金銭トレードで移籍し…
20点差で敗戦処理、元エースが味わった“冷遇” 新監督に相手にされず…待っていたトレード|球界群像 上田二朗#19
1973年に阪神で22勝を挙げたアンダースロー右腕の上田二朗氏(野球評論家)は、プロ10年目(1979年)のオフに南海へ移籍した。金銭トレードだった。阪神がドン・ブレイザー…
2桁勝利でも敗戦処理、間隔空く登板 阪神右腕が抱いた不満「何で投げさせてくれないのか」|球界群像 上田二朗#18
元阪神、南海のアンダースロー右腕・上田二朗氏(野球評論家)は登録名の“名前”を何度か変更したことでも知られている。12勝を挙げたプロ7年目の1976年までは本名の「上田二朗…
虎党の不満爆発→甲子園で大暴動…監督に「どうしてですか」、敵軍まで驚いた決断|球界群像 上田二朗#17
元阪神右腕・上田二朗氏(野球評論家)にとって1973年は忘れられないシーズンだ。左腕・江夏豊投手と9月23日の広島とのダブルヘッダー(広島)で“同日20勝到達”を達成するな…
長嶋茂雄を前に「嫌です」 名捕手の提案をキッパリ拒否も…直後に狂った手元|球界群像 上田二朗#16
阪神のレジェンド右腕・上田二朗氏(野球評論家)は、22勝を挙げたプロ4年目の1973年シーズンで惜しくもノーヒットノーランの偉業達成を逃した。7月1日の巨人戦(甲子園)で9…
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