ヤンチャだった元HR王…波瀾万丈の27年間 野球人生変えた野村&星野監督「助けられた」
山崎武司 ニュース・速報
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巨人戦後に2軍落ち→指揮官に伝えた引退 ノムさんがまさかの暴露…余儀なくされた会見
豪快なアーチでファンを沸かせた山崎武司氏(野球評論家)は、2013年限りで現役引退した。1986年ドラフト2位で中日に入団。オリックス、楽天を経て最後は中日に戻って27年間…
引退勧告も拒否「自由契約にしてください」 指揮官は激怒…主砲が貫いた意思
球界屈指の長距離砲として活躍した山崎武司氏(野球評論家)は楽天時代の2011年、プロ25年目のシーズン終盤に引退を勧告された。その年からチームを指揮した星野仙一監督から直接…
理解できなかった「監督のために」 39歳で初めて得た“本音”「たった一人です」
楽天は2009年にレギュラーシーズン2位となり、球団創設5年目にして初めてクライマックスシリーズ(CS)に進出した。原動力の1人が、主砲の山崎武司氏(野球評論家)だ。39本…
39歳で復活も周囲から止まらぬ“中傷” 筋肉増強剤、違法バット…屈辱の末の栄光
2007年、プロ21年目の楽天・山崎武司内野手(現野球評論家)は打ちまくった。39歳になる年に大ジャンプアップ。43本塁打、108打点をマークしてパ・リーグ2冠王になった。…
野村監督から半月無視され…初会話で「お前生意気なんや」 “冷めた関係”から2冠への道
2006年シーズンから楽天の2代目監督に野村克也氏が就任した。2007年に楽天で本塁打王と打点王の2冠に輝いた山崎武司氏(野球評論家)にとっては大恩師だが、最初から師弟関係…
「帰っていい」に即反応も…扱いは“ボイコット” 頭に来た指揮官の「使えねぇーんだよ」
わずか2年で終わった……。山崎武司氏(野球評論家)は2004年シーズン後にオリックスを戦力外となった。2003年1月に平井正史投手と1対1の交換トレードで中日から移籍。その…
パは「同じプロとは思えん」 報道陣減や待遇悪化…監督も4月に退任 HR王が受けた衝撃
通算403本塁打のスラッガー・山崎武司氏(野球評論家)は、2003年1月に平井正史投手と1対1の交換トレードで中日からオリックスに移籍した。プロ17年目にして初めてのパ・リ…
監督に激怒しトレード志願「この人は無理」 身に沁みた中日愛…「死ぬほど泣いた」理由
中日・山崎武司内野手(現野球評論家)は2002年にトレードを志願した。3年契約の1年目だった。どうしても納得できないことがあり、より突っ張ってしまった。2003年1月にオリ…
ブチギレ直前の指揮官に“でまかせ” 中日主砲が貫いた嘘…生まれた怪我の功名
“試練”の年だった。元中日の山崎武司氏(野球評論家)はプロ14年目の2000年シーズン、セ・リーグ6位の打率.311をマークした。規定打席に到達しての3割超えは1996年の…
ムカついた中日指揮官からの“圧力” 納得いかない起用法…ぶちまけた怒り「ボケー」
元中日主砲の山崎武司氏(野球評論家)が1999年9月26日の阪神戦(ナゴヤドーム)で放った逆転サヨナラ3ランは、語り継がれる劇的アーチだ。打った次の瞬間にはホームランを確信…
中日指揮官ブチギレ「お前のせいだ」 不可抗力の怪我なのに…突然の罰金100万円指令
プロでは遅咲きのスラッガー・山崎武司氏(野球評論家)は、1996年に大ブレークした。1986年ドラフト会議で中日に2位指名されてから10年目のシーズン。39本でセ・リーグ本…
巨人主砲に絞められ失神寸前 予測していた助っ人の“報復”にブチギレ…死闘だった殴り合い
元中日、オリックス、楽天の山崎武司氏(野球評論家)は、中日時代のプロ10年目(1996年)に本塁打王のタイトルを獲得した。長い下積み時代を経て、ついに覚醒したが、有名な巨人…
指揮官から20キロ減量指令 追い込まれた110キロの元HR王…使った“禁断の手”
とどめはまさかの……。元中日の山崎武司氏(野球評論家)は、プロ9年目の1995年オフにダイエットに大挑戦した。ドラゴンズに戻ってきた星野仙一監督に秋季キャンプ中に呼び出され…
開幕2軍に失望「野球辞めます」 指揮官と向かった夜のゴルフ場「やってられねぇ」
中日は1991年限りで星野仙一監督が退任し、1992年からは通算2274安打でバックトスなど華麗な二塁守備でも知られたOBの高木守道氏が監督に就任した。元中日の山崎武司氏(…
指揮官から「好きにせい」 “やりたくない”捕手からの解放も…阻まれた1軍の壁
元中日、オリックス、楽天の山崎武司氏(野球評論家)は遅咲きの大砲だった。27年間の現役生活で通算403本塁打をマークしたが、1号は5年目の1991年。初めてシーズン本塁打数…
中日キャンプで異変「死ぬかもしれん」 同僚から震える一言…灼熱地獄で感じた身の危険
灼熱地獄に震えた。元中日の山崎武司氏(野球評論家)は1989年のプロ3年目に1軍デビュー。20試合で29打数5安打の打率.172、0本塁打、2打点の成績だった。9月7日の広…
中日ドラ2入団も突然の「島流し」 18歳には辛すぎた“現実”「得るものは何もなかった」
野球評論家の山崎武司氏は、1986年ドラフト2位で愛工大名電から中日に捕手として入団したが、下積み期間は長かった。プロ1年目は星野仙一監督に三塁転向と米国留学を指示され、ド…
巨人が指名“確約”も…まさかの裏切り 嫌だった中日入り「プロ行きません」
ジャイアンツに行けると思っていたのに……。1986年のドラフト会議で愛工大名電の山崎武司捕手(現野球評論家)は中日から2位指名を受けて入団したが、当初は拒否の構えを見せてい…
監督から殴られ「バカヤロー」 元HR王、名門の主将任命に“反抗”「やりたくありません」
元中日、オリックス、楽天の山崎武司氏(野球評論家)は愛工大名電時代に通算56本塁打を放った。強肩強打の捕手としてプロから注目を集める存在だったが、甲子園には1度も行けなかっ…
理不尽だらけも「殴ったらプロ野球が…」 怒りと我慢の連続、元HR王が掴んだチャンス
歯を食いしばった。中日と楽天の2球団で本塁打王になった山崎武司氏(野球評論家)は、愛工大名電高で1年秋からレギュラー捕手の座をつかんだ。それもわずかなチャンスを逃さず、中村…
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