球団社長から「次の年が最後」 不振、故障、若手の台頭も…中日戦士に戻った“闘志”|球界群像 豊田誠佑#15
成績がさらにダウンした。元中日外野手の豊田誠佑氏(名古屋市中川区・居酒屋「おちょうしもん」経営)は、プロ5年目の1983年、1軍でわずか1安打に終わった。「気持ちが乗ってい…
球団社長から「次の年が最後」 不振、故障、若手の台頭も…中日戦士に戻った“闘志”|球界群像 豊田誠佑#15
成績がさらにダウンした。元中日外野手の豊田誠佑氏(名古屋市中川区・居酒屋「おちょうしもん」経営)は、プロ5年目の1983年、1軍でわずか1安打に終わった。「気持ちが乗ってい…
「今年も終わったな」巨人エースに絶望も…“大仕事”で一変 頭にチラついた「1万円」|球界群像 豊田誠佑#14
語り継がれる安打の裏には……。元中日外野手の豊田誠佑氏(名古屋市中川区・居酒屋「おちょうしもん」経営)は、明大時代から江川卓投手(法政大→巨人)キラーとして知られた。プロ入…
星野仙一氏の“命令”で「車1台買えた」 中日元野手が圧倒された影響力…忘れぬ「5万円」|球界群像 豊田誠佑#13
元中日外野手の豊田誠佑氏(名古屋市中川区・居酒屋「おちょうしもん」経営)は、プロ3年目(1981年)に規定打席にこそ到達できなかったが、114試合に出場して打率.292と結…
中日エースから自腹の“ご祝儀” 運命変えた巨人戦…先輩投手からご機嫌の5万円|球界群像 豊田誠佑#12
1979年から中日でプレーした豊田誠佑氏(名古屋市中川区・居酒屋「おちょうしもん」経営)は、明治大3年(1977年)春に、法政大の怪物右腕・江川卓投手から8打数7安打をマー…
内野転向で“地獄”「死ぬかと思った」 定位置奪えず1年で外野戻るも…思わぬ副産物|球界群像 豊田誠佑#11
元中日外野手の豊田誠佑氏(名古屋市中川区・居酒屋「おちょうしもん」経営)は、公式戦で三塁と二塁を守った年が1シーズンだけある。3年目の1981年で、キャンプから内野手に挑戦…
即戦力入団も“絶望”「力不足を感じた」 プライドぐちゃぐちゃ…高校生にも脱帽|球界群像 豊田誠佑#10
明治大からドラフト外で中日に入団した豊田誠佑氏(名古屋市中川区・居酒屋「おちょうしもん」経営)は、プロ1年目の1979年、1軍出場なしに終わった。大学時代は俊足、巧打の外野…
“知識ゼロ”での中日入団 生粋の巨人ファン人生の転機…大エースの存在も「よく知らない」|球界群像 豊田誠佑#9
名古屋市中川区で居酒屋「おちょうしもん」を経営する豊田誠佑氏は、1978年のドラフト外で明大から中日に入団した。明大3年春、法大の怪物右腕・江川卓投手(元巨人)を相手に8打…
ジャパン選出も「監督は俺をなめていた」 OP戦“飼い殺し”状態も…代打から成り上がり|球界群像 豊田誠佑#8
プロは中日一筋の豊田誠佑氏(名古屋市中川区・居酒屋「おちょうしもん」経営)は明大で1977年の3年春からレギュラー外野手として活躍した。1978年の4年春にはリーグ優勝&全…
“キラー”が語った「vs江川卓」 列島驚愕の8打数7安打…中日名手誕生への転機|球界群像 豊田誠佑#7
大躍進の春になった。元中日外野手の豊田誠佑氏(名古屋市中川区・居酒屋「おちょうしもん」経営)は明大3年(1977年)、東京六大学野球春季リーグ戦で首位打者に輝いた。法大4年…
逸材ルーキーに”非情通告”「出ていってくれ」 1年で抜擢も…襲った違和感「バットが振れない」|球界群像 豊田誠佑#6
元中日外野手の豊田誠佑氏(名古屋市中川区・居酒屋「おちょうしもん」経営)は明大で3年(1977年)春からレギュラーに定着した。いきなり、その春に東京六大学野球リーグの首位打…
関係ないのに“戦犯”扱い「お前が悪い!」 厳格指揮官に反論できず…タイトル獲得で標的|球界群像 豊田誠佑#5
御大との出会いが野球人生を変えた。元中日外野手の豊田誠佑氏(名古屋市中川区・居酒屋「おちょうしもん」経営)は明大で自身を“進化”させて、プロへの道を切り開いた。1975年に…
父との約束を“反故”…甲子園出場で生まれた「色気」 油断と慢心、不完全燃焼に終わった夏|球界群像 豊田誠佑#4
最後はまさかの敗戦で終わった。元中日外野手の豊田誠佑氏(名古屋市中川区・居酒屋「おちょうしもん」経営)は1974年の日大三3年夏を悔しそうに振り返った。春のセンバツに出場し…
甲子園決まってないのに大号泣 ロッカーで溢れた感情…高2秋に迎えた“大一番”|球界群像 豊田誠佑#3
元中日外野手の豊田誠佑氏(名古屋市中川区・居酒屋「おちょうしもん」経営)は、日大三3年の1974年春に選抜高等学校野球大会出場を経験した。前年秋の東京大会を制し、目標だった…
エース人生も「投手辞めます」 内野手転向も怪我で「はいクビ」、元中日名手の“始まり”|球界群像 豊田誠佑#2
“江川キラー”の異名を持つ元中日の豊田誠佑氏(名古屋市中川区・居酒屋「おちょうしもん」経営)は、1972年に日大三高へ進学した。同年春にセンバツ準優勝を果たした強豪校に入る…
中日一筋36年…“江川キラー”の原点はお手伝い 忙しすぎた実家、擦り切れた「お尻」|球界群像 豊田誠佑#1
昭和の怪物右腕・江川卓投手(元巨人)を相手に、学生時代からインパクトある活躍を見せたことで知られるのが、元中日外野手の豊田誠佑氏だ。明治大から1978年ドラフト外で入団。選…
引退から30年も「戻って来ないか」 切れ目ないオファー…65歳で選んだ“初体験”|球界群像 杉本正#28
元西武、中日、ダイエー左腕の杉本正氏(野球評論家)は2025年4月から福岡トヨタ硬式野球クラブFTサンダースの投手コーチを務めている。「勝てる選手を作り上げたらいいかなと」…
敵将から説得3年で「もう往生しろ」 “陥落”でライバル球団へ…待ち受けた「松坂フィーバー」|球界群像 杉本正#27
元西武、中日、ダイエー左腕の杉本正氏(野球評論家)は1995年シーズンからダイエー2軍投手コーチに就任し、指導者人生をスタートさせた。1998年からは西武・東尾修監督の下で…
監督から「お前を使わない!」 開幕前の2軍落ちで“通達”…肘痛で幻となった阪神トレード|球界群像 杉本正#26
西武、中日、ダイエーでプレーした杉本正氏(野球評論家)はプロ13年目の1993年限りで現役生活にピリオドを打った。ラストシーズンはダイエーで1軍登板なしだった。左肘痛のため…
敵将からトレード打診→直後に成立 指揮官から「これでいいんだろ!」も…最後に知った本心|球界群像 杉本正#25
2度目のトレードを経験した。NPB通算81勝左腕の杉本正氏(野球評論家)はプロ10年目の1990年シーズン途中に3年目右腕・高島覚投手とともに中日からダイエーに移籍した。南…
中日左腕、突然の大乱調に監督激怒 待っていた通告…“消えぬ”違和感「どんどん悪くなった」|球界群像 杉本正#24
1988年のセ・リーグは星野仙一監督率いる中日が優勝した。先発陣の一角を担った左腕の杉本正氏(野球評論家)はV決定試合の10月7日のヤクルト戦(ナゴヤ球場)に先発して5回無…
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