阪神から移籍「パ・リーグなめとんのか!」 コーチ激怒→やけくそが導いた“転機”|球界群像 野田浩司#9
ちょっとしたカルチャーショックだった。1992年オフ、阪神・野田浩司投手(現・野球評論家)は、松永浩美内野手との1対1の交換トレードでオリックスに移籍した。新天地での生活は…
阪神から移籍「パ・リーグなめとんのか!」 コーチ激怒→やけくそが導いた“転機”|球界群像 野田浩司#9
ちょっとしたカルチャーショックだった。1992年オフ、阪神・野田浩司投手(現・野球評論家)は、松永浩美内野手との1対1の交換トレードでオリックスに移籍した。新天地での生活は…
「お前なんか構想に入ってない」 “恩師”との関係に亀裂も…監督は手紙で「もう帰ってこい」|球界群像 野田浩司#8
1992年シーズン、中村勝広監督率いる阪神は、若手の亀山努氏、新庄剛志氏の台頭による“亀新フィーバー”で大いに盛り上がった。最終的には巨人と同率の2位タイに終わったものの、…
「やる気がないなら辞めろ」 恩人と衝突した虎右腕…150球完投翌日のブルペン指令に反発|球界群像 野田浩司#7
元阪神、オリックス投手で野球評論家の野田浩司氏にとって、自身の基礎を築いてくれた恩人は阪神時代の投手コーチだった大石清氏だ。「手取り足取り、教え込まれました」。決して関係が…
披露宴で背番号「18」伝達も…前任者同席で「僕は複雑」 “宝刀”会得で開けたプロ人生|球界群像 野田浩司#6
伝家の宝刀はメジャーコーチ仕込みだった。野球評論家の野田浩司氏は現役時代に阪神、オリックスで活躍した。代名詞はフォークボールで、1試合19奪三振の日本記録保持者でもあるが、…
プロ初登板でまさかの“大失敗” リリーフカーで登場も…押してはいけなかったボタン|球界群像 野田浩司#5
いきなりフル回転だった。九州産交からドラフト1位で阪神に入団した野田浩司投手(現・野球評論家)はプロ1年目の1988年、先発もリリーフもどちらもこなして規定投球回に到達した…
同級生との仲に亀裂…「ラクダにも乗せられた」異常注目度 ドラ1がうんざりした“過熱報道”|球界群像 野田浩司#4
1987年ドラフト1位で阪神に入団した野田浩司氏(現・野球評論家)は、初めての関西生活プラス異常なほどの“虎フィーバー”ぶりに戸惑いの連続だった。休日には“ラクダ”、メディ…
「彼女と離れたくなかった」 “移籍遅延”で人生激変…1か月早ければなかったドラ1指名|球界群像 野田浩司#3
野球評論家の野田浩司氏は、社会人野球・九州産交(熊本)から1987年ドラフト1位で阪神に入団した。これにはさまざまな出来事が重なった。九州産交野球部の廃部決定、日本選手権九…
「見捨てられていた」男が突如覚醒 運命変えた廃部…“特例”でドラ1候補に|球界群像 野田浩司#2
運命は一気に……。かつて阪神、オリックスで活躍した野球評論家の野田浩司氏は、熊本・多良木高から社会人野球・九州産交に進んだ。プロから誘われながら、敢えてその道を選択した。熊…
スカウト殺到で注目も「滅多打ちですからね」 聖地の夢消え…“失意”の進路決定|球界群像 野田浩司#1
阪神とオリックスで活躍した野球評論家の野田浩司氏は、熊本・多良木高校時代からプロ注目の投手だった。1985年、高校3年夏の熊本大会ベスト4が最高成績で甲子園には行けなかった…
計画頓挫から始まった第2の人生… 1年半の修行の先に決意した野球との“決別”|球界群像 葛城育郎#14
オリックス、阪神で活躍した葛城育郎氏は2011年シーズン限りで現役を引退した後、飲食業の世界に転身した。現在は「株式会社葛城」の代表取締役で、兵庫県西宮市の「酒美鶏 葛城」…
出番は専門学校との試合だけ、練習は「自分でやって」 5月に“戦力外”…屈辱の最終年|球界群像 葛城育郎#13
悔しい幕切れだった。2011年シーズン限りで葛城育郎氏(元オリックス、阪神)は現役引退した。2010年6月に2軍落ちし、そこから1軍の舞台に戻ることはなかった。「まだまだや…
「なんでお前が守るんや!」 鉄人の大記録ストップ…“代役”が浴びた強烈野次|球界群像 葛城育郎#12
かつてオリックスと阪神で活躍した葛城育郎氏(現・株式会社葛城代表取締役、報徳学園コーチ)は現役時代、鉄人・金本知憲氏に「いろんな刺激をもらいました」と言う。練習量はもちろん…
念願の移籍成就も“恩師”は不在 肉離れ連発…干されて戦力外危機「嫌われてたのかな」|球界群像 葛城育郎#11
2003年オフ、プロ4年目のシーズンを終えたオリックス・葛城育郎外野手(現、株式会社葛城代表取締役、報徳学園コーチ)は牧野塁投手とともに阪神に移籍した。斉藤秀光内野手、谷中…
新監督の指導が合わず“成績急降下” バント指令に激怒…約束を反故にされた2軍落ち|球界群像 葛城育郎#10
何ともむなしい結果だった。2002年シーズン、プロ3年目のオリックス・葛城育郎外野手(現、株式会社葛城代表取締役、報徳学園コーチ)は成績が大幅にダウンにした。2年目に14本…
まさかの落球連発で試合中に涙 失意の“一人飯”…「救ってくれた」名将の一言|球界群像 葛城育郎#9
オリックス、阪神で活躍した葛城育郎氏(株式会社葛城代表取締役、報徳学園コーチ)にとってプロ入り当時の監督・仰木彬氏は忘れられない人だ。1999年のドラフト2位(逆指名)でオ…
イチローの反対で消えた幻の登録名 周囲を納得させた本質の一言「俺は鈴木だから…」|球界群像 葛城育郎#8
逆指名制度を利用して立命館大から1999年のドラフト2位でオリックス入りした葛城育郎外野手(現、株式会社葛城代表取締役、報徳学園コーチ)への期待は大きかった。当時、将来のメ…
プロに無欲も…名将が即決「すぐ獲れ」 「頑張れば下位」から半年で急転した野球人生|球界群像 葛城育郎#7
1999年、立命館大のキャプテンで主砲の葛城育郎外野手(現・株式会社葛城代表取締役、報徳学園コーチ)はドラフト2位でオリックスに入団した。当時は、大学、社会人のドラフト候補…
辞めるのは監督か選手か…強豪大学で起きた“クーデター” 学年全員で抗議の仰天行動|球界群像 葛城育郎#6
かつてオリックス、阪神でプレーした葛城育郎氏(株式会社葛城代表取締役、報徳学園コーチ)は立命館大に投手として評価されて入学したが、左肩を故障。手術し、野球人生が変わった。「…
大学が決まるも深刻な事態 「勝手に手術しやがって」怒る監督…まさかの野球人生危機|球界群像 葛城育郎#5
大試練だった。元オリックス、阪神の葛城育郎氏は立命館大入学前に左肩を手術した。岡山・倉敷商3年だった1995年8月に立命大のセレクションを投手として受け、思い切り投げて痛め…
落ちたら野球人生終了…決死の覚悟で“全力投球” 見事合格も上がらなくなった肩|球界群像 葛城育郎#4
オリックスと阪神で活躍した葛城育郎氏は、岡山・倉敷商から立命館大に進学した。当初は野球をやめて、就職するつもりだったが「親と進路の話をした時に大学に行ってくれってなった」。…
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