「あれっ、どうした」ドラ1指名後に狂った歯車 原因不明の異変…阪神右腕を襲った負の連鎖|球界群像 中込伸#6
こんなはずでは……。1988年阪神ドラフト1位右腕の中込伸氏(西宮市甲子園七番町「炭火焼肉 伸」店主)はプロ入り後、自身に異変を感じたという。「投球フォームがおかしいな、お…
「あれっ、どうした」ドラ1指名後に狂った歯車 原因不明の異変…阪神右腕を襲った負の連鎖|球界群像 中込伸#6
こんなはずでは……。1988年阪神ドラフト1位右腕の中込伸氏(西宮市甲子園七番町「炭火焼肉 伸」店主)はプロ入り後、自身に異変を感じたという。「投球フォームがおかしいな、お…
阪神がドラ1獲得に使った“裏技” 耳にした強行指名の噂も…丸く収めた「暗黙の了解」|球界群像 中込伸#5
NPB通算41勝右腕の中込伸氏(西宮市甲子園七番町「炭火焼肉 伸」店主)は1988年のドラフト1位で阪神に入団した。山梨県立甲府工のエースとして1987年の春の選抜に出場し…
野次にブチギレで炎上…大敗で逃した甲子園 「あとは遊べるな」咄嗟に演じた“涙”|球界群像 中込伸#4
元阪神投手の中込伸氏(西宮市甲子園七番町「炭火焼肉 伸」店主)にとって、1987年の甲府工2年夏の山梨大会決勝・東海大甲府戦は忘れられない一戦でもある。7-15でまさかの大…
定時制スタートで掴んだ甲子園 昼間の仕事は遅刻やサボりの常習犯…元阪神ドラ1の“懺悔”|球界群像 中込伸#3
甲子園の夢を現実にした。元阪神右腕で「炭火焼肉 伸」(西宮市甲子園7番町)店主の中込伸氏は、1987年春の選抜に山梨県立甲府工のエースとして出場した。高校生活は同校の定時制…
熱心な誘い→点数取ったのに“不合格”「何でって」 阪神ドラ1の誤算、悩んだ末の選択|球界群像 中込伸#2
大捜索の末に……。元阪神右腕の中込伸氏(西宮市甲子園七番町「炭火焼肉 伸」店主)は1984年、山梨・甲斐市立玉幡中学3年の時に山梨県立甲府工野球部の練習に参加して原初也コー…
「本当に、あれ小学生か」 阪神OBも驚愕…目を奪われる肉体「ひとりだけ大人かと」|球界群像 中込伸#1
甲子園球場近くで「炭火焼肉 伸」を経営するのが元阪神右腕の中込伸氏だ。山梨・甲府工で選抜出場を果たし、その後、定時制の兵庫県立神崎工に通う阪神球団職員の立場となって1988…
「あのチームは打つことしか…」解説で炎上 70歳で反省の修行…告げられた「心の汚れ」|球界群像 達川光男#21
元広島正捕手で元広島監督、阪神、中日などでもコーチを務めた達川光男氏は2025年7月13日に古稀を迎えた。2018年限りでソフトバンクヘッドコーチを退任して以来、ユニホーム…
日本一も監督と握手だけ…周囲は疑問「何で」 “ただ見ていた”胴上げ、貫いた一匹狼|球界群像 達川光男#20
最高の褒め言葉だった。元広島捕手の達川光男氏は1992年の現役引退後、指導者としても多くの経験を積んだ。ダイエーでは1軍バッテリーコーチを務めて、古巣・広島では2軍監督を経…
幻に終わった“巨人・達川光男” 長嶋監督が熱望も…球団代表から打診「広島でやめた方が」|球界群像 達川光男#19
広島の看板捕手・達川光男氏は1992年シーズン限りで現役を引退した。プロ15年目での決断だった。前年(1991年)には広島をリーグ優勝に導く活躍を見せたばかりだったが、西山…
当たってないフリで阪神監督が激怒 血まみれの足…“真逆のアピール”が起こした悲劇|球界群像 達川光男#18
広島で正捕手として活躍した達川光男氏はレギュラー定着以降、毎シーズンのように何かしらで話題になった。プロ10年目の1987年は、中日戦で乱闘劇の伏線プレー、巨人戦では前代未…
激怒させた落合博満に「土下座して謝りたい」 煽りが招いた失態「大変失礼なこと」|球界群像 達川光男#17
元広島の達川光男氏はマスク越しの巧みな“ささやき戦術”でも知られる。相手打者にしてみれば、それで集中力がそがれるようなこともあったのだろう。大洋(現DeNA)がチーム全体で…
死球浴びて“威嚇の内角攻め”が裏目 投手相手に痛恨の1球…始まった悪夢の連敗|球界群像 達川光男#16
悔しい負けだった。1986年の広島はリーグ優勝を成し遂げたものの、日本シリーズでは西武に3勝1分と王手をかけながら、そこから悪夢の4連敗。その年限りでの現役引退のミスター赤…
「お前じゃ勝てない」 監督からまさかの“発破”…日本一の正捕手が焦り「一番嫌なこと」|球界群像 達川光男#15
広島の名物捕手でもあった達川光男氏がレギュラーの座をつかんだのは大卒6年目の1983年だ。初の開幕スタメン、オールスターゲームにも初出場するなど、飛躍のシーズンになった。続…
“グラウンドの詐欺師”誕生の意外な真相 阪神エースからの報復で肋骨にヒビ|球界群像 達川光男#14
元広島捕手の達川光男氏と言えば、しつこいくらいの「当たった」「当たった」の“死球アピール”が有名だ。当たっていなくても、懸命に繰り広げる様子は珍プレー番組でもおなじみで「グ…
2年連続日本一も「荷物をまとめとけ」 トレード打診に“自暴自棄”「好きなようにして」|球界群像 達川光男#13
もしかしたら……。現役時代、広島一筋だった達川光男氏だが、1980年のプロ3年目のオフに他球団のユニホームを着る可能性があったという。「トレードの話があったんです」。その年…
大先輩から突然の“呼び出し” 感じた差…一振りで告げられた「2、3年で終わる」|球界群像 達川光男#12
元広島正捕手で広島監督も務めた達川光男氏は1977年ドラフト4位でカープ入りした。広島市出身で幼い頃から大ファンの球団の一員となり、張り切ったのは言うまでもない。しかも監督…
ドラフト上位候補のはずが…洗面所で“失態” 評価下落→パチンコ屋で知った4位指名|球界群像 達川光男#11
元赤ヘル捕手の達川光男氏は、1977年のドラフト4位で東洋大から広島入りした。広島出身で幼い頃からカープファンだけに、うれしい指名だったが、その朗報はパチンコ店で聞いたとい…
勝利に貢献したのに…監督の逆鱗に触れた“サイン無視” プロ入りを呼んだ地獄の特訓|球界群像 達川光男#10
大学でさらに飛躍した。広島カープで活躍した達川光男氏は1974年から4年間の東洋大時代に、持ち前の強肩などの「捕手力」に加えて「打撃力」アップにも力を注いだ。それは東洋大・…
プロ入り願望も…部長から突然の激白「断ったからな」 広島名捕手誕生の“分岐点”|球界群像 達川光男#9
思わぬ展開もあった。ゴールデン・グラブ賞を3度受賞の元広島名捕手の達川光男氏は1974年、広島商から東洋大に進学した。1973年の高校3年時には甲子園で春準優勝、夏優勝チー…
「ヒーローになるはずだった」最後の夏 甲子園Vで注目は相棒に…荷台で味わった歓喜|球界群像 達川光男#8
激闘続きだった。1973年の夏の甲子園は広島県立広島商が制し、春の選抜準優勝の無念を晴らした。元広島の達川光男氏はその時の正捕手。実力+アイドル的人気だった左腕・佃正樹投手…
KEYWORD