新人王獲ったのに「僕が打てないから…」 常に送られた刺客、予期せぬ新庄剛志との争い|球界群像 久慈照嘉#9
常にライバルがいた。元阪神、中日内野手の久慈照嘉氏は1992年のプロ1年目から7シーズン連続で規定打席に到達した。その間、ショートのレギュラーポジションを守り抜いたが、毎年…
新人王獲ったのに「僕が打てないから…」 常に送られた刺客、予期せぬ新庄剛志との争い|球界群像 久慈照嘉#9
常にライバルがいた。元阪神、中日内野手の久慈照嘉氏は1992年のプロ1年目から7シーズン連続で規定打席に到達した。その間、ショートのレギュラーポジションを守り抜いたが、毎年…
「優勝していたら…」阪神暗黒時代の“前夜” 痛恨のトレード…OBが回顧する長期低迷|球界群像 久慈照嘉#8
ドラフト2位で日本石油(現ENEOS)から阪神入りした久慈照嘉氏は1992年のプロ1年目から堅い守備と巧打で活躍し、新人王に輝いた。この年の阪神は巨人と同率2位に終わったが…
オリ入団を会社が拒否「もう1年頑張れ」 上位候補と連絡も…聞きたくなかった言葉|球界群像 久慈照嘉#7
好守巧打で注目を集めた日本石油(現ENEOS)の久慈照嘉内野手は、社会人4年目の1991年ドラフト会議で阪神に2位指名された。この年は日本石油の日本選手権優勝、全日本アマチ…
監督が決めた進路「僕の意思は全くなかった」 感じた立浪との差…導かれた阪神での成功|球界群像 久慈照嘉#6
PL学園(大阪)に負けた時には、次の行き先が決まっていた。阪神、中日で活躍した守備の達人・久慈照嘉氏は東海大甲府高を卒業後、1988年から社会人野球の日本石油(現ENEOS…
高卒→社会人入団も「やることはなかった」 密かに抜いた電話線…苦痛だった“留守番”|球界群像 久慈照嘉#5
転機は社会人時代にあった。阪神、中日で内野守備のスペシャリストとして活躍した久慈照嘉氏は、日本石油(現ENEOS)で2年目の1989年からショートのレギュラーになった。新日…
「あとで覚えてろよ」宿敵ヤジり倒し甲子園切符 中継で発覚…審判に怒られた最後の夏|球界群像 久慈照嘉#4
最後の夏は宿命のライバルを“揺さぶり作戦”で打ち崩した。元阪神、中日内野手の久慈照嘉氏は、東海大甲府(山梨)で1985年の1年秋からレギュラーの座をつかんだ。1986年の2…
戦慄の29失点…阪神名手が野次「桑田ぁー」 歴史的大敗に衝撃、PL学園は「すごかった」|球界群像 久慈照嘉#3
元阪神、中日内野手で名手として知られた久慈照嘉氏は、東海大甲府(山梨)在学中に4度甲子園を経験した。1985年の1年夏はスタンドで応援、準決勝で宇部商(山口)に9回サヨナラ…
“大嫌い”だった高校からの誘いを拒否 気に入らぬ外様軍団…心動かした恩師の言葉|球界群像 久慈照嘉#2
180度の方向転換だった。阪神、中日で活躍した守備の達人・久慈照嘉氏は1985年、東海大甲府高に進学した。当初は甲府商に進学予定。しかも「打倒・東海大甲府」の気持ちを高めて…
「本当に小学生か」度肝を抜かれた巨体 阪神で同僚に…ライバルは「ひとりだけ大人」|球界群像 山口高志#1
現役時代はショート守備の名手としてプロ野球ファンを魅了し、引退後は阪神1軍コーチとしても力を発揮したのが久慈照嘉氏だ。1991年ドラフト会議で阪神に2位指名されて日本石油(…
TV見て仰天「なんでこんなボールに」 思わず体起こし…師匠も予期せぬ虎守護神の“覚醒”|球界群像 山口高志#15
元阪急(現オリックス)投手の山口高志氏は1982年限りで現役引退した後、オリックスと阪神で投手コーチやスカウトを務めた。現在は母校の関西大学硬式野球部のアドバイザリースタッ…
「ああ、野球人生が終わった」 戻らなかった腰の振り…引退決めた審判の“ひと言”|球界群像 山口高志#14
元阪急(現オリックス)の剛腕・山口高志氏(関西大学硬式野球部アドバイザリースタッフ)はプロ8年目の1982年シーズン限りで現役を引退した。4年目の日本シリーズ前に腰を痛めて…
野球人生が暗転した“休暇”「行かなければ」 失った伝説の剛速球…悔やみきれぬ悲劇|球界群像 山口高志#13
現役時代に阪急(現オリックス)で先発、抑えに大活躍した山口高志氏(関西大学硬式野球部アドバイザリースタッフ)は1975年のプロ1年目から4年連続2桁勝利をマークし、リーグ優…
“MVPの車”目前で痛恨の大逆転負け 逆境救った36歳右腕の快投「これで大阪に帰れる」|球界群像 山口高志#12
次は「打倒・巨人」を成し遂げた。元阪急(現オリックス)投手の山口高志氏(関西大学硬式野球部アドバイザリースタッフ)は1975年のプロ1年目に日本シリーズMVP、新人王に輝く…
超大物ドラ1がいきなり浴びたプロの洗礼 覚醒呼んだ相手4番からの“アドバイス”|球界群像 山口高志#11
日本一の瞬間、グラブを真上に放り投げた。1975年、阪急(現オリックス)の黄金ルーキー・山口高志投手はプロ1年目から大活躍した。32登板中、22試合に先発し、4完封を含む1…
“大笑い”で幕を開けたプロ生活 場違いだったスーツとネクタイ…戸惑いばかりの1年目|球界群像 山口高志#10
プロ生活は戸惑いから始まった。伝説の剛腕、山口高志投手(現・関西大学硬式野球部アドバイザリースタッフ)は、1974年ドラフト会議で阪急(現オリックス)に1位指名されて松下電…
ドラ1指名なのに…知ったのは2週間後 「知りたいと思わなかった」パーティー三昧の日々|球界群像 山口高志#9
社会人2年目にきっちり結果を出してプロの世界に飛び込んだ。1974年11月19日のドラフト会議で、松下電器の山口高志投手は阪急(現オリックス)からドラフト1位指名を受けた。…
幻に終わった伝説右腕のヤクルト入り「俺の性格から無理」 超一流企業で芽生えた夢|球界群像 山口高志#8
初めて芽生えた思いだった。元阪急(現オリックス)投手の山口高志氏は関西大4年時にプロを拒否して松下電器に入社したが、1973年の社会人野球1年目のシーズン終了までに気持ちの…
机に置かれた“白紙の小切手” ヤクルト拒否で社会人入り…両親が隠し通した秘密|球界群像 山口高志#7
大学卒業後の進路として、社会人野球入りを表明した。阪急(現オリックス)のレジェンド右腕・山口高志氏(関西大学硬式野球部アドバイザリースタッフ)は関西大から松下電器への道を選…
頭部直撃で死亡事故→彼女乗る車が炎上「ショックでした」 “悲劇”続いた日米対決|球界群像 山口高志#6
“上から叩く”フォームが躍動し、「打倒・東京」を成し遂げた。元阪急(現オリックス)の剛腕投手・山口高志氏(関西大学硬式野球部アドバイザリースタッフ)は1972年、関西大4年…
悲鳴上げた右肩「投げられたヤツしか生き残れない」 阪神エースがもたらした“特効薬”|球界群像 山口高志#5
肩の痛みともうまく付き合った。1970年の「第19回全日本大学野球選手権」準決勝・法政大戦で、関西大2年の山口高志投手(元阪急=現オリックス)は延長20回、306球を投げて…
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