若き日の立浪監督から夜な夜な「やってくれ」 引退後の人生支えたキャンプの“日課”
高卒1年目の1988年シーズン後半に1軍昇格。リリーフ投手として星野中日の優勝に貢献した上原晃氏は、沖縄水産から1987年ドラフト3位で入団した。同期のドラフト1位は立浪和…
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若き日の立浪監督から夜な夜な「やってくれ」 引退後の人生支えたキャンプの“日課”
高卒1年目の1988年シーズン後半に1軍昇格。リリーフ投手として星野中日の優勝に貢献した上原晃氏は、沖縄水産から1987年ドラフト3位で入団した。同期のドラフト1位は立浪和…
「わかっていたのに」投げた変化球 高卒1年目で流した涙…35年後も悔やむ痛恨被弾
悔しくて泣いた……。元中日投手の上原晃氏は1988年、入団1年目の後半に1軍昇格。セットアッパー的な存在で、ドラゴンズのセ・リーグ制覇に大きく貢献したが、西武に1勝4敗で敗…
甲子園4度出場の剛腕を“強行指名” 進学希望から一転…ドラフト当日は「記憶がない」
沖縄水産高校で4度、甲子園に出場し「沖縄の星」と呼ばれた上原晃氏は、1987年11月18日のドラフト会議で中日から3位指名を受けたが、その日のことは「そんなに記憶がない」と…
中日、キューバ有望株2選手と合意か 地元メディア報道…モニエルとロドリゲス
キューバ野球連盟に所属する会員によると、中日はカルロス・モニエル外野手とクリスチャン・ロドリゲス内野手と基本合意に達した。11日(日本時間12日)、キューバメディア「ペロ…
勝敗が逆でも不思議はない 実力はリーグ屈指も…中日“10敗カルテット”誕生の悲劇
ここまでセ・リーグ最下位に低迷し、CS進出の可能性が潰えた中日に、望んでいない不名誉な記録が加わってしまった。10日に敵地で行われた巨人戦で、先発の柳裕也投手は6回6奪三振…
沖縄が生んだもう1人の剛腕…甲子園4度出場も「彼がいたら」 叶わなかった幻の“競演”
あのピッチャーがライバル校にいたら……。東海学園大投手コーチであり、整体師でもある上原晃氏(元中日、広島、ヤクルト)は沖縄水産時代に4度甲子園に出場した。最高は2年夏の8強…
甲子園で2年連続の“屈辱”に「ふがいない」 37年前の悪夢…打ち砕かれた自信
2年連続屈辱の夏だった。元中日投手の上原晃氏は沖縄水産の2年生エースとして、1986年の夏の甲子園のマウンドに上がった。1年の夏はサヨナラ暴投で涙したが「スライダーもしっか…
中日、無得点イニングが「39」でストップ 4試合ぶりの得点…球団ワースト更新は回避
貧打にあえぐ中日が、10日の巨人戦(東京ドーム)で40イニングぶりの得点を挙げた。1点を追う7回に石川昂弥内野手が右前適時打を放った。
育成から這い上がった「怪物23歳」 最下位中日に希望…剛速球連発で衝撃数値「32.7」
セ・リーグ最下位と苦しんでいる中日に、彗星のごとく現れた最速156キロ右腕がいる。2022年育成ドラフト1位で入団した松山晋也投手は、開幕からファームで守護神を務め、6月に…
ぶっ倒れながら3連投 忘れられぬ決死の大会…ボロボロの高2右腕が感謝した“魔法の薬”
元中日投手の上原晃氏は沖縄水産高校2年時の1986年、エースとして春夏連続で甲子園に出場した。1年夏の甲子園での鹿児島商工(鹿児島=現・樟南)との3回戦で痛恨のサヨナラ暴投…
中日、30イニング連続無得点 投手陣は24イニング無失点も…菅野の適時打で先制許す
中日はここ4試合にまたがり、無得点が続いている。9日に東京ドームで行われた巨人戦で、6回の攻撃をゼロで終え、30イニング連続無得点となった。
中日、投打で続くゼロ、ゼロ、ゼロ…「50イニング」得点も失点も記録されず
中日がここ3試合にまたがり、スコアボードにゼロを並べ続けている。9日に東京ドームで行われた巨人戦で、5回の攻撃を無得点で終え、50イニング連続で得点も失点もなしとなった。
「土を持って帰るな」 先輩から厳命…聖地で“悪夢”体験、16歳で「もうボロボロ」
「沖縄の星」と呼ばれた。元中日右腕の上原晃氏は沖縄水産で1年夏、2年春、夏、3年夏と計4度甲子園に出場した。技術は年々レベルアップ。「あの当時、沖縄も大盛り上がりで、大臣が…
中日、24イニング連続無得点 延長12回0-0ドロー…ドラ1仲地好投も報われず
中日は8日、東京ドームで行われた巨人戦で延長12回の攻撃を終え、得点できなかった。6日の阪神戦(バンテリン)でも0-1で敗れており、24イニング連続無得点となっている。
利き腕でないのに遠投50m 目標は漫画の主人公…元プロ右腕が本気になったサウスポー転向
仰天の過去があった。整体師で東海学園大投手コーチの上原晃氏はかつて中日で活躍した伝説の右腕だが、その原点のひとつに野球漫画の影響があったという。「漫画の主人公みたいになりた…
米国留学を直訴も却下… 高卒即活躍の“順風満帆”で消えた夢のメジャー挑戦
元中日投手で1988年の優勝に貢献するなど活躍した上原晃氏は子どもの頃から「メジャーリーグで投げたい」との夢を持っていた。「球が速くて、三振が取れるピッチャーが好きだった」…
落合博満が“予言”した活躍 高卒1年目でブレーク…「不敗神話」作った伝説の右腕
あの3冠男・落合博満氏が活躍を“予言”したスーパー右腕だった。19歳で「優勝への使者」と言われた。全身を使ったダイナミックな投球フォームで打者をなで斬った。元中日の剛腕・上…
中日OBが危惧する「気が抜けたようなプレー」 低迷打開へ…望む“ドーム改造”
元中日で野球評論家の川又米利氏は現役引退後、古巣の打撃コーチを2002年から2004年、2012年から2013年の計5年務めた。1軍担当は山田久志監督時代の2003年だけで…
引退試合を固辞「狙わせてください」 プロ人生最後の“わがまま”…トップをかけた5番勝負
最後は“5番勝負”に挑んだ。元中日で野球評論家の川又米利氏は1997年シーズン限りで現役生活を終えた。ドラゴンズ一筋19年。1988年のリーグ優勝に貢献するなど、球団にとっ…
無安打地獄で「もう参りそう」 心折れかけた“1打席勝負”…救ったのは「やっぱり葛西」
星野仙一氏が中日監督に復帰したのは1996年シーズン。闘将の第2次政権が始まった。元中日で野球評論家の川又米利氏は当時、プロ18年目。この年から代打オンリーで勝負することに…
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